第160話皆に救助してもらえました

 必死に繰り返す呼吸の合間にその名を呼ぶと、ヴィセルフは今にも泣き出しそうにくしゃりと顔を歪めた。

 どうやら彼が肩を抱きかかえてくれているらしい。


(やっぱり、近くにいたんだ)


 安堵になんとか笑顔を作ろうとしたけれど、上手くいかない。


「はな……く、れあ……を……たす、け」


「喋らなくていい! 今すぐ魔力を――っ」


「退いてください、ヴィセルフ。邪魔です」


「ぶっ」


 妙な声がしたかと思うと同時に、光の速さで視界の先の顔が変わった。レイナスだ。

 いつも穏やかな微笑みを携えているその顔は硬く、冷ややかな瞳は見たことがない。


「言い訳は後でたっぷりと聞かせていただきましょうか。触れますよ」


 早口に述べたレイナスが、私の頬を両手で包む。

 刹那、その身体からぶわりと光が溢れた。

 同時に、頬に柔い熱を感じる。


(これ、もしかして……)


「今日ほど"緑の魔力"持ちであることを感謝した日はありませんね。安心して、僕に委ねてください」


 らしくない苦笑を浮かべたレイナスの首元には、初めてみるネックレス。

 普段は服の中に隠しているのだろう。小ぶりのペンダントトップにはめられているのは、おそらく、彼の魔岩石。


(って、ありがたいけど、私よりもクレアが……!)


「大丈夫ですよ」


「!」


 まるで私の心を見透かしたようにして、レイナスが告げる。


「もうすぐダンが――ああ、来ましたね」


「ティナ! っ、いや、先にこっちだな」


 目だけで視線を落とすと、そこには間違いなくクレアの顔。

 目は閉じられていて、呼吸は浅い。


「あ……く、れあ」


「この方がいたほうが、安心して治療を受けてくれるでしょう?」


 レイナスは私の頬に添えていた手を片方放すと、横たえたクレアの手に触れた。


(そうだ、レイナスは二つの魔岩石を扱うチートキャラ。そしてその魔力分類は――)


「赤と緑。どちらも僕の魔力で補えます。お二人とも、助けますよ」


 と、視界にダンの顔が入りこみ、


「悪い、ティナ。俺の"緑の魔力"を分けてやりたかったんだけれど、ヴィセルフの魔力と一緒に"魔岩石"に通した魔力が甚大で……」


「てめ、レイナス! なんっでティナは頬なんだ! 手でいけんだろうが!」


「あなたの"赤の魔力"にも余力がないからと、同時に二つの魔力を供給しているんです。間違えないためにも、差異が必要なんですよ」


「もっともらしいことを言いやがって……! ティナ、コイツの肩書なんざ気にする必要はねえ。後で訴えるっていうんなら、俺サマが全力で手助けをしてやる」


(あ……なんか、本当に助かったんだなって実感が)


 でも、どうして皆、私達が遮断魔法に捕らわれているって気がついてくれたんだろう?

 よくよく考えれば、ヴィセルフが魔岩石を通してダンの魔力を送ってくれたのも妙だし――。


「"精霊王"の名も、この世界に定められたことわりの前には無力だな」


「! にーく、る」


「あの時は煩わしいだけだったが、覚えておくものだな」


(そっか、"くーちゃん"の時に話してたゲームの内容を覚えてて……)


 ニークルは私に近づき片膝を折ると、私が握りしめていたスノードロップを「これだな」と手にした。


「それ、は……っ」


「わかってる」


 ニークルは私を安心させるようにして頭をポンポンと撫でると、


「アンタを巻き込んだアレを許せはしないが、終いまで見届けなくては、アンタは満足しないだろう。……だからこそ俺が、"精霊王"なのかもしれないな」


「終い?」


 レイナスのおかげで魔力の巡りが戻ってきたから、息苦しさが失せていく。

 感覚の戻った腕に、ぐっと力をこめ起き上がろうとすると、


「お前は"終わらせ方"を知っているってことか」


「! ヴィセルフさま……」


 ぐっと背を支えてくれたヴィセルフを振り返ると、


「辛くないか」


「あ……はい、レイナス様の魔力のおかげでもう息苦しさはありません。ありがとうございます、レイナス様」


 クレアへの魔力供給を続けるレイナスに顔を向けると、彼はほっとしたように私に向けていた手を退いて、


「今は僕の魔力で補っているだけです。ティナ嬢自身の魔力が生成され、身体を巡るまでの一時しのぎに過ぎません。魔力の使用は厳禁ですし、安静を心がけてください」


「わかりました」


「それで……どうするつもりだ、"精霊王"」


 私の背を支えたままのヴィセルフが問うと、その場の視線がニークルに集まる。


 ニークルは、"終わらせる"と言った。

 たしかにゲームでは、スノードロップを咲かせたエラとダンは好感度を深めて解放。

 その後、あの少女がどうなったかの描写はない。


 ヴィセルフを一瞥して立ち上がったニークルは、涙を零しながら静かに佇む少女へと歩み寄り、


「この花が欲しかったのだろう」


 ニークルからスノードロップを受け取った少女は、花を抱きしめるようにして「そう」と頷く。


「ずっと、探していたの。"夏に咲くスノードロップ"。これで、これで――」


「覚えているのか」


 少女の目が見開かれる。

 跳ねるようにしてニークルを見上げた彼女は、先ほどまでの幸せそうな表情を一変させ、


「私……私は、この花を、見つけないといけなくて」


「なんのために、その花を欲した。その花を探していた、始まりは"誰"だ」


「誰……この花を、欲しかったのは」


「……自身の名を、思い出せるか」


 少女の表情が悲壮に覆われる。

 ニークルは「やはりな」とため息交じりに小さく呟いた。

 見守る私達へと目を向け、


「"コレ"はヒトでも精霊でもない。"花を得る"という妄執だけに囚われた、"還れない"存在だ」

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