第159話魔岩石と王子様

 言葉を飲み込んだのを、返事ととったらしい。


「……"夏に咲くスノードロップ"を、さがして」


 そう言い置いて、少女が再び姿を消す。


「っ、クレア……!」


(とにかく先にクレアを助けないと……!)


 魔力の欠乏による不調を改善するには、他者を介して新たな魔力を取り込むしかない。

 講義で学んだ方法を思い出しながら、私の魔力をクレアに流し込もうと試みる。けれど。


(駄目、全然吸収されない……!)


 魔力の供給は、同じ魔力分類であることが大前提。

 私は緑の魔力で、クレアは赤の魔力。

 理屈では無理だと分かっているけれど、この場には私しかいない。


「――っ、待っててねクレア」


(このままじゃ、時間を無駄にするだけになっちゃう)


 ハンカチを地面の上に広げ、荒い息を繰り返すクレアの頭をそっと横たえる。

 私の声は届いているのだろうか。

 クレアの額には、大量のあぶら汗が。色の悪い唇からも、一刻を争う状態なのだと察せて危機感が胸を叩く。


「すぐにスノードロップを持ってくるから!」


 立ち上がろうとした、刹那。くんと制服のスカートが引かれた。

 視線を落とす。と、掴んでいたのは、クレアの震える必死な手。


「ティナ……ごめん。ごめ、んね」


「! クレアが謝ることなんて……! 私が、巻き込んじゃったから」


「……無鉄砲なのは、はんせ、してほしいけど」


 しゃがみ込んでその手を両手で包み込んだ私に、クレアがにっと、"馴染みある"笑みを向ける。


「ティナを、まもりたかった、けど。……しっぱい、しちゃった」


「クレア!」


 すう、と閉じられた瞳に、心臓がさっと冷える。


(そんな……っ!)


 急ぎ口元に耳を寄せると、ひゅうひゅうと苦し気ながらも呼吸音が。


「っ、絶対、助けるから……!」


 名残惜しくもクレアの手を離し、私は森へと駆けだした。

 少しでも土の冷えた箇所を定め、全力で魔力を注いでいく。


(お願い、育って……!)


 失いたくない、失うわけにはいかない。


「っ、まだっ、なにも聞けていないのに……!」


 身体が重い。腕が地にめり込むよう。

 だけれど諦めるわけにはいかない。


 "幸せな結末を約束されたキャラクター"ではなくとも、未来を切り開くことができるんだって、教えてもらえたから……!


 その時だった。

 胸元からぶわりと魔力が広がった。

 私の魔力じゃない。これは――。


「――まさか」


 縋る心地で首元のチェーンを引っ張る。

 途端、服に遮られていた光が溢れ出した。


「魔岩石が……!」


 眩い赤い光に、ヴィセルフの姿が思い浮かぶ。


(もしかして、私達の状況に気づいてくれた?)


 彼の意志の強さを反映したかのような、力強い魔力と光。


(ヴィセルフが、近くにいる……?)


 無意識に安堵が過る。

 張り詰めていた気が緩んだせいか、私は魔岩石から発される魔力に、違和感を覚えた。


(あれ、なんか……"違う魔力"が混ざってる?)


 意識を集中して魔力を探る。

 そして、気がついた。


「これ、ダンの"緑の魔力"……!?」


 間違いない。意識して探らなければ分からない程度だけれど、ヴィセルフの魔力の狭間に彼の魔力が感じ取れる。

 確信したと同時に、藁にも縋る心地で魔岩石を握りしめた。


 魔岩石なんて扱ったことがない。

 ヴィセルフですら、魔力を灯すまでで、使用は出来ないと言っていた。


(けど、やるしかない)


 いつだったか、レイナスが教えてくれた魔岩石の扱い方を思い起こす。


『僕たちは、石との対話をはかるんです』


『精神的な部分で語りかけるというのでしょうか。自身の本質をさらけ出すことで、己を有するに値する相手かどうか、石がその人間を見定めます。見事合格すると、所有の証として適合者の精気を取り込んだ魔力を灯すのです』


(対話をして、認めてもらう)


 この魔岩石に宿っているのは、ヴィセルフの魔力。

 つまりはこの石は、ヴィセルフを所有者として認めているのだろう。


 私はただの"保持者"。

 この魔岩石の正統な主ではないけれど。


(――お願い、魔岩石)


 包みこんだ手の内の、眠る"誰か"に語りかける。


(助けたい人がいるの。とっても、とっても大切な人)


 目を閉じると、神経が研ぎ澄まされていく感覚がした。

 ヴィセルフの魔力の中に混じるダンの魔力が、はっきりと輪郭を持っていくよう。


(私の力だけでは、足りないの。今回だけでいい。どうか、力を貸して……っ!)


 瞼裏に、ヴィセルフの魔力から引き出されたダンの魔力が、糸のように紡ぎ合わされていくイメージが浮かんだ。


 私の"想像"ではない。

 自然と流れ込んでくる光景と合わさるようにして、自身の身体から魔力が引き出されていく感覚が重なる。

 なんだろう。まるで、導いてくれているような。


「……っ!」


 考えるよりも早く、その不思議な"力"に身を委ねた。

 魔力の流れを受け入れ、尽きかけていたそれをもっと引き出すようにして、身体の奥から魔力を発する。


(――いまっ!!)


 予感に目を開き、両手を地についた。

 爆ぜる光は赤と緑。

 想像する。スノードロップが芽吹いて育ち、雫のような白く儚い花弁を開く姿を。

 と――。


「――でき、た……?」


 手の内の確かな感覚に、おそるおそる退ける。

 そこにはお辞儀をするようにして頭を垂れた、小さく白い花が一輪。


「スノードロップ……!」


(これで、クレアも――)


 歓喜に涙が滲んだその時、ドクリと心臓が強く胸を打った。


「!?」


 どさりと地面に転がる。

 強烈な胸の痛みと息苦しさに、口を開き荒い呼吸を繰り返す。


(魔力欠乏の反動……っ!)


 まだ、まだダメ。

 せめてこの花をあの子に渡して、遮断魔法を解いてもらわないと、クレアは――。


「っ!」


 倒れこんだまま伸ばした腕で、スノードロップをぶちりと摘み取った。


「っ、スノー、ドロップ……っ! みつけ、ました!」


 はたしてきちんと声は出ているのだろうか。

 叫ぶ心地で喉を振り絞ったその時、ふわりと少女が現れた。

 途端、私の手の内の花を見て、無気力だった瞳が見開かれる。


「……ああ、やっと」


 嬉し気に緩まるその瞳から、つう、と涙が白い頬を伝ったとほぼ同時。


「――ティナ!!」


 え、と過った次の瞬間には、目の前にあった地面が消えた。

 代わりに視界を覆ったのは、夜に染まった金の髪。


 少女ではない。

 私を見下ろす"彼"の顔は、瞳を不安に揺らし、強い焦りを露わにしている。


「ティナ、しっかりしろ!!」


「ヴィ、せる、ふ……さ、ま……?」

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