第158話バッドルートと奪われた魔力
「ちょっと! 真面目にやってますの!?」
「すっ、すみません!!」
(これでも必死にやってます……っ!)
イライラとしたクレアの怒号に胸中でほろりと涙が零れるけれど、正直ごもっともだと思う。
クレアの"物体の温度を変える"赤の魔力で疑似的な冬を作り、私の"成長促進"を含んだ緑の魔力で、スノードロップを発芽させ成長、開花をさせる。
正直成功するか五分五分な策に添い、クレアは対象箇所の土に触れ、しっかり温度を下げてくれているのだけれど。
私の"成長促進"が、どうにもうまくいかない。
(やっぱり私の貧弱な魔力じゃあ、ゲームみたいに都合よくはいかないのかな)
けれど、諦めるわけにはいかない。
このイベントから抜け出すには、なんとしても"夏に咲くスノードロップ"を手に入れないといけないから。
(狙いは悪くないはずなんだけれどなあ)
寒さに強いスノードロップは、暑さと乾燥が苦手。
だから涼しい半日蔭で、落葉が多く土が湿っている箇所を好む。
(ヴィセルフの花付け係になって勉強した知識が、こんな所で役に立つなんて)
ううん、まだ"役に立った"とは言えないのかな。
もう十数か所でクレアと魔力の連携を試してみているけれど、それらしい芽は現れない。
(考えたくないけれど、もしも"エラ"と"ダン"じゃないと切り抜けられない仕様になっていたら――)
その時、がくりと膝から力が抜けた。
ドサリとその場に座り込んだ私に、クレアが驚いたようにして「ちょっと!」と駆け寄ってくる。
「急になんですの!?」
「あ……は、はは、すみません。なんか、躓いちゃったみたいで」
咄嗟にへらりと笑んで見せるも、心臓がバクバクと騒ぎ立てている。
躓いたなんて嘘。背に、冷や汗が浮かぶのを感じる。
(まさかこれ、魔力を使い過ぎた反動?)
これまで限界まで魔力を使うことがなかったから気にしたことがなかったけれど、学園の授業で習った状態に似ている。
魔力の使用後に動機や息切れ、脱力などが生じるのは、個人の保有する魔力の放出限界に近づいているサイン。
それ以上を無理に使用し、限界を超えてしまった場合。
意識喪失に、所有魔力量減少の可能性。
さらには最悪の場合、命に関わる危険性があるのだとか。
(そうは言っても、スノードロップを咲かせないと、どのみちこの空間からは出られないわけだし)
ぐっと脚に力を込め、立ち上がる。
うん、大丈夫。まだ、いける。
「すみません、突然のことでびっくりしちゃって。次の場所を探しましょう」
歩き出した私に、クレアは何か言いたげにしていたけれど無言のままついて来る。
クレアは敏いから、気付かれてしまったのかもしれない。
けれど他に手がないことは、クレアもわかっているはず。
(ごめんね、クレア。次こそ、成功させてみせるから)
"夏に咲く"スノードロップを探すあの少女がこの周辺に現れるってことは、"冬に咲く"スノードロップは存在しているってことなんだと思う。
だからあとは、私次第。
なんとかスノードロップを咲かせて、クレアを連れ出さないと――。
「……あら? あれはもしかして」
「へ?」
くるりと背を向けたクレアは、とある木に駆け寄るとすっとしゃがみ、
「まあ、間違いないわ。"夏に咲くスノードロップ"よ! やっとみつけることが出来たのね」
「!?」
(そんなはず……!)
あの木の下は、何も試していない。
スノードロップが自発的に夏に咲くはずがないし……。
「私にも見せ――」
「見つけて、くれたの?」
「っ!」
ふわりと現れた金の髪。
近い位置で見つめる彼女に、クレアは手にしたそれを両手で包み隠すようにして差し出し、
「ええ、手に取ってごらんなさいな。所望していたのはコレでしょう?」
少女がクレアに近づき、受け取ろうと手を伸ばした。次の瞬間、
「――かかったわね」
クレアがガシリと少女の手を掴んだ。
途端、ぶわりと魔力が発される。クレアの魔力だ。
「クレアっ!?」
「ねえ、ご存じ?」
クレアは鋭い瞳で少女を睨めつけたまま、口角を上げる。
「遮断魔法を打破するには、二つの方法がありますの。一つは、術者以上の魔力で境界を打ち破る方法。もう一つは――術者を直接、打ちのめす方法よ!」
ぶわりとクレアの魔力が膨れ上がる。
さすがはメインキャラの一人である悪役令嬢。あれだけ魔力を使ったのに、まだこんなにも強い魔力が使えるなんて……!
「わたくし、触れたモノの温度を下げるよりも、上げる方が得意ですの」
「ま……っ、待ってクレア! ダメ!」
(嫌な予感がする)
ゲームでは、そもそもダンの好感度が規定数よりも上でなければ発生しないイベント。
つまり、"絶対にクリアできる"状態しか存在しない。
(なら、条件を……"夏に咲くスノードロップ"が用意できない、
ゲームヒロインであるエラの、バッドエンドが頭に過る。
だって、ゲームを
「クレア! 手を離して!!」
「……どうして?」
私の声は届いていないのだろうか。
クレアは驚愕に目を見開き、手を掴んだ少女を凝視する。
「どうして、平然としているの? ううん、これだけ温度を上げているはずのに、なんで、手が冷たいままで――」
「……あなたは、探してくれないのね」
少女が自由な左手でクレアの頬に触れた。
手元に光が帯びたかと思うと、クレアが「うっ」と呻いてその場に倒れ込む。
「クレア!?」
駆け寄り肩を抱き上げた彼女の息は荒く、額には大粒の汗が。
「クレア、しっかりして! っ、いったい、何を……!」
「魔力をもらったの。もう、その子は必要ないから」
「なっ……! 返してください! クレアがいないと、"夏に咲くスノードロップ"は――っ」
「あなたも、探してくれないの?」
「!」
(駄目、これ以上刺激したら、私まで――)
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