第157話”エラ”の名と魔力の気配
説明のひとつもなく駆ける背が、「ここだ」と歩を止めた。
瞬時に異常に気付く。
「この霧、遮断魔法か……!」
霧に紛れる魔力は、覚えのない気配。
これだけの範囲で発生させるとは、それなりの魔力量を有する人間のはずだ。
が、王城でも学園でもそんなヤツは――。
「これはまた……随分と強力な遮断魔法ですね」
エラと共に遅れて辿り着いたレイナスが、息を荒げるそいつの手を支えながら周囲を探るようにして見渡す。
事態を把握したエラはぐっと立ち上がると、
「ティナっ! すぐに助けます!」
悲鳴に似た声を上げながら魔力を発動しようとしたエラの手を掴み、「待て」と制止をかける。
「遮断魔法はほとんどの魔法を弾く。むやみやたらに攻撃しても、魔力を奪われて終いだ」
「! そんな……っ、なら、ティナは」
「ヴィセルフ!」
「! ダンか!?」
霧の中から現れ、駆け寄って来たダン。
俺は近づいた襟元をぐいと掴み、
「テメエがついていながらなんだこのザマは!」
「っ、すまない」
(反論も出来ねえのか)
俺はちっ、と舌打ち交じりにダンの襟元を放り捨て、
「さっさと説明しろ。ティナに何があった」
「それが……俺にも、詳しいことはわからない」
「なんだと?」
「課題で指定された洞窟が想像よりも小さかったから、俺が中に入ることにしたんだ。ティナとクラウディア嬢は、ランタンを持って外にいた。洞窟は奥に伸びてて、課題の石を手に取って戻ろうとしたら、クラウディア嬢の声がした。"ダン様、ティナを連れ戻して参りますわ! 少々お待ちくださいませ"って。急いで洞窟から出たけれど、二人の姿はすでになかった。暫く待ってみたけれど戻って来る様子がないから、周辺を探していたんだ」
「……その女が一枚噛んでる可能性は」
「演技にしては、随分と切羽詰まった声に聞こえたな。それと、これは俺の勘だけれど、クラウディア嬢はおそらくティナを敵視してはいない」
「なんだと? いや、その話は後だ。先にティナを連れ戻す」
とはいえこれだけ強力で広範囲に及ぶ遮断魔法を、どうやって打ち破るか。
「ダン、この魔力の気配に覚えはあるか」
「いや……貴族はもちろん、騎士団にも該当者は思い浮かばない」
(どうなってやがる。これだけの魔力を持つヤツが、これまで王家に知られることなく生活してたっていうのか)
この国ではほとんどの住民が魔力を持つが、平民よりも貴族のほうが魔力量が多い傾向が強い。
稀に平民に魔力量の多い者が生まれるが、たいていは成長過程のどこかで貴族や騎士に見つけられ、養子として迎えられたり、騎士を通じて報告が上がってくるはずだ。
(対象者を絞れねえんなら、強行突破で破るしかねえな)
遮断魔法によって生じた境界をこじ開けるには、対象の遮断魔法よりも強い魔力で一気に打ち破るしかない。
非常に腹が立つが、俺一人の魔力では破れるかどうか。
「くそっ、気は乗らねえが仕方ねえ。いいか、俺が合図をしたらお前らも一斉に魔力をぶつけて――」
「それでは無理だ」
「なんだと?」
苛立ち交じりにニークルを睨むと、奴は俺を見遣ることなく宙に手を伸ばしながら、
「これはただの遮断魔法ではない。……知っているのは、俺とティナだけだがな」
「っ、どういうことだ。ティナは知ってて境界の向こうにいるってのか」
「そうだったならば、お前たちを集めてなどいない。今頃やっとのことで気が付いて、奮闘しているはずだ。……ティナを助け出したくば、俺の指示に従え」
「なにを……」
「ティナに魔岩石を持たせていたな。それに宿したお前の魔力を探れ。どんなに細い繋がりでもいい。それが出来なければ、話にならない」
銀の瞳がふいとエラに向けられ、
「ティナのいる学園とやらで力を持つ者の縁者だな」
「あ……はい。義弟が、生徒会長を」
刹那、ニークルが両手を合わせ何かを呟いた。
掌から眩い光があふれたかと思うと、開かれた掌からひらりと光がひとつ飛び立つ。
(蝶……? ちげえ、精霊か……!)
黄金の光を消したそれは、エラを観察するようにしてその周囲をひらひらと舞う。
精霊の存在は昔から伝わっているが、その姿が見れなくなって随分と経つ。
驚愕に立ちすくむエラに、ニークルが口を開き、
「その義弟とやらの名と、その者への
「そんな……っ、ブライトンが爵位を賜るに至った精霊族のお方が、かつての精霊王だなんて……! "エラ"の名が精霊に影響を及ぼすなんて話も、わたくしは一度も聞いたことが……っ!」
「かつての者たちの考えなど知らないが、事実は事実だ」
冷たく告げるニークルに、エラは動揺を抑え込むようにして、ぐっと目を閉じた。
心を決めたのだろう。ゆるりと瞳を開き、
「義弟は、学園の何を調べたら良いのでしょう」
「学園とやらで以前、同時期に行方知れずとなった女が二人いるはずだ。その者らの名を調べさせろ」
「わかりました」
頷いたエラが掌を差し出すと、精霊が降り立った。
警戒心の強い精霊が、初対面の人間に触れされるなんて。
信じらない光景に、ニークルの言葉が事実なのだと実感する。
("ブライトン"に精霊族の血が流れているってのも怪しいもんだったのに、かつての精霊王だと?)
社交界には、その権威を保つために真実を美化させた"歴史"がいくらでも存在する。
"ブライトン"成り立ちについても、その一つだろうと思っていたが。
(ましてや一族の"エラ"を名を持つ女は、精霊を扱えるなんてな)
意図的に秘匿されていていたのか、"精霊王"以外は知り得ない話だったのか。
(ったく、ティナが知ったら、またエラへの妄信が強まりそうだな)
歓喜と興奮に目を輝かせ、ありとあらゆる賞賛を並べ立てる姿が思い浮かぶ。
(……無事だろうな、ティナ)
遮られているだけで、ティナは今もほんの数歩先にいるのかもしれない。
だというのに。魔岩石に宿したはずの己の魔力は一向に気配が掴めず、じわじわと背に嫌な汗が浮かんでくる。
(ティナ。お前はこんな、あっけなくいなくなるようなヤツじゃないだろ。俺は、信じてる)
だから、なあ、ティナ。応えてくれ。
当然だと笑って、そんなに信用がないのかと頬を膨らませて。
なにがあっても側を離れないと、その強い瞳で俺の不安を打ち消してくれ。
(どこにいるんだ、ティナ……!)
絶対に、逃さねえ……っ!
「っ!!」
感覚に、「ニークル!」と叫ぶ。
奴は「掴んだか」と口端を上げ、
「放すなよ。魔岩石に、魔力を送り続けろ。……反撃開始だ」
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