第156話途切れた魔力と精霊王
「くそ、なんで俺サマじゃなくてダンなんだ!」
未だ納得できずにいる苛立ちを、薄暗い山道にぶつける。
ティナがこうと決めたことに頑固なのは、よく分かっている。が、"もしかしたら"はそう簡単に捨てられるものじゃない。
と、ランタンを持って先を行くレイナスが、「まったくです」と頷いた。
「どうにもティナ嬢は王城で侍女をされていた時から、ダンには全幅の信頼を寄せている節があるとは思っていましたが……まさか、ここまでとは。人畜無害な笑みの下に隠された腹の内は、筆舌に尽くしがたいほどにしたたかだというのに、ティナ嬢は気が付いているのでしょうか」
「ダンの肩を持つわけじゃねえが、テメエはダンのことを言えた口じゃねえだろ」
「おや、心外ですね。僕はあの男のように、純朴を装ってはいませんよ。ティナ嬢も僕の性格は承知していますし」
「……ティナがダン様を頼るのは、仕方のないことではありませんでしょうか」
割り込んで来た声に、俺達は視線を遣る。
手入れなどされていない、でこぼこと歪み石の転がる山道。
にも関わらず、"令嬢の中の令嬢"らしい歩みを崩さないソイツは、ティナの全てを承知しているかのような落ち着き払った顔で、
「困難が多々発生する環境において、王城のあらゆる事情に精通しているダン様は欠かせない存在でしょうし、助けていただく機会も多かったはずです。それに……ティナは、己よりも他者を優先しがちです。わたくしやヴィセルフ様、そしてレイナス様にとっての"最善"を考慮してくれたのでしょう。立場のあるわたくし達の組んだ相手は、他の生徒を通じて学園の外にも伝わるはずですから」
ちらりと俺を見遣った目に、「ちっ」と舌を打って再び足を動かす。
(ティナの奴、余計な気を回しやがって)
確かに俺たち三人の選んだ相手は、良くも悪くも注目されているだろう。
そういった意味では、この組み合わせは最適解だ。それでも。
(俺は、お前に選ばれたかったんだ。ティナ)
言いたいヤツには、好きに言わせておけばいい。
そう啖呵を切れない今の状況が、もどかしくて、腹立たしい。
「……僕は、ティナ嬢の"気遣い"には、別の意図も含まれているように思えるのですが」
呟くようにして発したレイナスが、歩を止めくるりと振り返る。
「ちょうど良い機会ですし、"旧知の"二人にお尋ねしたいのですが」
俺達を見据えるレイナスは、いつもの気色悪い笑みを消し、
「お二人の"関係"は、このまま継続されるおつもりですか?」
「!」
(コイツ――)
俺達の"関係"。すなわち、婚約者としての契約。
伺うような水色の瞳が、俺に向けられる。自分からは話さない。俺に任せるという意図だろう。
"令嬢の中の令嬢"が気に入らないのは変わらないが、コイツのこうした思慮深い所は、評価してやってもいい。
(まあ、この慎重さは俺への配慮なんかじゃなくて、ティナへの気持ちによるものだろうけどな)
俺達が交わしている"契約"は、婚約の維持だけではない。
そしてそれを知るのは、俺と、エラだけだ。
「"他国の王族"にベラベラ喋ると思うか?」
「おや、案外真っ当な理由を挙げてくれるのですね。ようやく深い仲になれたようで、心底嬉しいですが」
レイナスはさあっと纏う空気を冷えたものに変え、
「お二人が手を組み、ティナ嬢を日の当たらない裏側に隠すおつもりなら、僕も考え方を改めなければならないと思いましてね。国のためにお二人は結婚。王と王妃の権力をもって、ティナ嬢を王城に……お二人の側に囲い込む。今のヴィセルフなら、今のお二人の間柄なら、可能な策でしょう?」
(ふん、相変わらずアレコレ考えやがる)
「だとしても――っ!?」
刹那、身体を駆け抜けた、"何か"が途切れた感覚。
(なんだ。今のは)
何だ。何が変わった?
常にあることが当然で、けれどもそうとは見えない何かが――。
(――まさか)
「レイナス! 明かりを寄こせ!」
即座に駆け寄り、その手からランタンを奪う。
地面にランタンを下した俺に、レイナスは動揺をありありと浮かべ、
「ヴィセルフ、なにを――っ」
「ティナに持たせてた魔岩石の魔力が消えた。ちっ、ダンのヤツ、なにやってやがる……っ!」
「消えた? 間違いないのですか?」
「俺サマが間違えるワケがねえだろ」
「ティナっ……!」
狼狽えるそいつらを見遣ることなく、俺はバサリと地図を広げ、
「ティナを探す。アイツらの洞窟は……」
「俺が、案内してやる」
「! テメエは……っ!」
突如ゆらりと現れたソイツの姿に、息を吞んだレイナスとエラが即座に低頭した。
先に口を開いたのはレイナスだ。伏せた顔はそのままに、
「恐れ多くもそのお姿、ラッセルフォード王国に伝わりし精霊王とお見受けいたします」
「美しき夜と自然に愛された、崇高なるお方。お目にかかれまして、光栄にございます」
と、ヤツはちらりと俺に視線を移し、小馬鹿にしたような気に障る笑みを浮かべる。
「誰かとは違い、礼儀のなっている者たちだな」
「なっ」
ソイツはふいと瞳を戻すと、
「いかにも、俺が精霊王ニークルだ。名を呼ぶ許可を与える。頭を上げろ。そして、我が手足となれ」
またたく星に似た銀の眼が、真剣な色を帯びて俺に向けられる。
「来い。ティナを取り戻す」
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