第155話発生するはずのないイベント
どうして!?
だってこのイベントは、ヒロインのエラがすでにダンの好感度を規定値まで上げた状態で、同じチームになった場合のみ発生するシナリオのはず。
エラとダンは別のチームだし、そもそもこの場にいるのはモブな私と悪役令嬢なクレアだし!?
絶句する私の肩を支えたまま、クレアは鋭い目つきで彼女を睨め上げ、
「お遊びに付き合っている暇はありませんの。お手伝いを所望なら、別の方をあたってくださいな。……ほら、しっかりなさい。戻りますわよ」
肩におかれたクレアの手に、ぐっと力が込められる。
頭の痛みも引いてきた。
思い出した前世でのプレイ情報と現状を重ねて、私は「それは……たぶん無理、です」とクレアを見つめる。
「あの彼女の要望通り、スノードロップを見つけないと戻れません」
「っ、なにを、おかしなことを――」
「見てください」
指さした方角に、クレアが怪訝そうな視線を遣る。
途端、彼女の瞳が驚愕に見開かれた。
無理もない。だって先ほどまでなんともなかった森に、まるでその場所から先を覆い隠すような白い霧が立ち込めているのだから。
「遮断魔法……!? いったい、なんのつもり!?」
クレアの視線を受けた彼女は、まったく臆することなく、
「夏に咲くスノードロップを、探して。そうしたら、帰してあげる」
駄々をこねる幼子に言い聞かせるかのごとく優しい声色で告げた彼女は、私達を見つめたまま後退すると、ふわりと森の中に姿を消した。
「っ、なにが、どうなって……」
「ごめんなさい!」
「!?」
勢いよく頭を下げた私に、クレアは混乱の強い顔で振り返った。
私は視線を落としたまま、
「私がよく考えもせずにあの子を追いかけてしまったせいで、巻き込んでしまって……。本当に、ごめんなさい。……不用意な"優しさ"は危険だから控えるべきだって、教えてもらったのに」
瞬間、クレアが薄く息をのんだ気配がした。
(覚えていてくれたのかな)
期待にチラリと顔を上げて表情を伺うと、クレアは眉間に力を込め、厳しい顔をしていた。
怒らせてしまったのだろうか。
何かに耐えるような雰囲気に、私は思わず手を伸ばしかけ、
「クレア――」
「スノードロップを探せば、いいのよね」
「へ? あ……はい」
(拒絶された)
チクリと軋んだ胸。
浮いた指先を引き寄せ、両手を握ることで誤魔化す。
(今は、落ち込んでいる場合じゃない)
両手でパン! と頬を叩いて、気合を入れる。
夏に咲くスノードロップ。
なんとかして手に入れないと、いつまで経ってもこの空間から抜け出せない。
(どうしよう。そもそもこのイベントは、ダンがいることが前提で作られているのに)
スノードロップはその名の通り、雪の時期に咲く花。
夏の間は球根の状態で、蕾はおろか芽も出ていない。
絶望と恐怖に震えるエラに、ダンは「大丈夫。きっと、なんとかなります」と頼もしい笑みを向け、緑の魔力を発動。
ダンの持つ緑の魔力。望んだ植物の発生によって、見事スノードロップを手に入れるのだけれど。
少女の指定は"夏に咲くスノードロップ"。
ダンの能力では花を咲かせられず、ダンはエラに一つの案を告げる。
エラの持つ青の魔力によって発生させた水に、ダンの緑の魔力を込めてスノードロップに与えれば、開花を誘発できるのではないか。
(植物に必要な水に、ダンの緑の魔力が持つ"成長"の要素をかけあわせたら、多少時間がかかってもスノードロップを成長させられるんじゃないかって理論だったっけ)
二人は少しずつ魔力を合わせた水を注ぎ続け、見事成功!
無事少女から解放され、エラことプレーヤーはドキドキの共同作業なダンルートのスチル回収。
ダンの攻略に向けて更なる好感度アップ! な、だったはず。
(うう、私とクレアじゃ分が悪すぎるよ……!)
私の魔力は花を咲かせるだけ。蕾はおろか芽も出ていない状態では、とても通用しない。
ゲームの通りならば、悪役令嬢クラウディアが持つのは、物体の温度を変える赤の魔力だったはずだし……。
(ん? ということは……)
「あのー」
「なんですの。無駄口を叩く暇があるのでしたら、さっさと花を探し――」
「お持ちの魔力って、"物体の温度を変える"赤の魔力ですか?」
「……なぜ、あなたがそれを」
(前世でゲームをプレイしてたから、なんて言えないし)
「ええと、学園で小耳に挟んだもので……」
クレアは疑心暗鬼な表情で私を暫く見つめていたけれど、仕方なさそうに息をついて、
「だったら、なんですの」
「ひとつ策を思いついたんですが」
私の緑の魔力は"花を咲かせる"だけだけれど、多少なりとも"成長"を促す作用があるってこと。
なら、ゲームのエラとダンがしていたように、クレアの温度変化の魔力とかけあわせれば、疑似的な冬を作りだして強制的に成長させることも可能なのでは。
私の案を聞いたクレアは、厳しい表情はそのままに、
「……他に策がない以上、可能性があるものは試してみるべきでしょうね。それで、そもそも"成長させるスノードロップ"はどこにありますの?」
「ええと、それは球根の埋まっていそうな箇所を手当たり次第試してみるしかないのが現状でして……」
「手当たり次第? 本気で言ってますの? 何ひとつ手がかりのない森の中で、"手当たり次第"探せるだけの魔力がアナタにあると?」
「な、なんとか頑張ります!」
「なんとかって……。はあ、仕方ありませんわね。他の案もありませんし、言い合いに時間を費やしてばかりでは課題の時間が過ぎてしまいますもの」
キッと、強い瞳が私を捉える。
「ご自分で"頑張る"とおっしゃたのですから、しっかり役目を果たしてくださいな」
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