第154話森に現れた少女を追いかけましょう

「んじゃ、外はよろしくな」


 よいしょと腰をかがめ洞窟に入っていくダンを見送り、外を見張る私とクレア。


(話をするなら、今がチャンス……!)


 覚悟を決め、すうと息を吸い込んだ。刹那、


「……っ!?」


 再び視界を過った金の色。驚きに思わず息を飲み込むと、盛大にむせてしまった。

 げっほげっほと咳込む私に、さすがに無視できなかったらしいクレアが「突然、何ですの?」と嫌そうにして尋ねてくる。


「すっ、すみません、今――」


 女の子、だった。

 金の色は美しい彼女の髪の色。

 私と同じくクラウン学園の制服を纏った彼女は、木々の間に佇み、どこか悲し気な瞳でこちらを見つめている。


(もしかして、他のメンバーとはぐれちゃったのかな?)


「あの、私、あの子にちょっと話を聞いてきます!」


「なんですって?」


 怪訝そうに眉をしかめたクレアに急ぎランタンを渡して、


「ダン様が戻ってこられるかもなので、こちらでお待ちください。――あ、どっかいっちゃう!」


「え、あ、ちょっと……っ!」


 私達に話しかけるのを諦めてしまったのか、ふいと踵を返し森に紛れていってしまった少女を、駆け足で追いかける。


「っ、待ってください……!」


 走りながら発した声に気が付いたのか、少女がふと歩を止めて、私を見遣った。

 なんというか、綺麗な子だ。

 エラやクレアみたいにはっきりとした美しさではないけれど、透き通った儚さが滲んでいる。


 と、再び少女が進み始めた。話したこともない子だし、驚かせてしまったのかも。

 夜の闇の中でもよく見える金の色を一心に見つめ、草木をかき分けながら夢中になって追いかける。


「あの! メンバーとはぐれちゃったんですか!? よかったら――」


「――ちょっと!」


「!?」


 ぐいと手を引かれ、驚愕に振り返る。

 視線の先には息を切らしたクレアの姿。

 急いで追いかけてきてくれたのか、いつも綺麗に靡いている髪にも乱れが目立つ。


 呆けた顔をしていたのだろう。

 クレアは息の整う前にもかかわらず、私をきっと睨め上げ、


「一人で真っ暗な森の中に走っていくなんて、何考えてんの!? 戻ってこれなくなってもいいわけ!」


「へ? えと、ちゃんと戻るつもりで……」


「灯りも持たずに山道から外れた、こんな森の中に入ってきて? よく見てみなよ。本当に、"戻れる"つもり?」


 言われて自分の周囲へと目を向けた刹那、クレアがランタンを制服のスカートで覆ってみせた。

 途端に周囲に落ちた深い藍色。

 立ち並ぶ背の高い木々や草花はどの方向を見ても似通った景色をしていて、ダンやクレアたちと進んでいた山道がどの方角にあるのかもよくわからない。


「あ……」


(私、とんでもないことを……)


 クレアが来てくれなかったら、確実に迷っていたばかりか、さらに奥深くへと進んでいただろう。

 やっとのことで自分のしでかしてしまった事の重大さを理解して、頭上からさっと血の気が失せる。


「……安心なさい。私はあなたのように愚かではないから、きちんと山道に戻れるわ」


 クレアが再びランタンを持ちあげたことで、周囲に灯りが広がる。

 その光源と、クレアの言葉に安堵した私を呆れたように一瞥して、


「戻りますわよ」


 背を向け私の手をぐいと引くクレアに、はっと気が付いた私は慌てて制止をかける。


「待ってください! あの子も、一緒に連れていってあげないと」


「あの子?」


「たぶん、チームメンバーとはぐれてしまったんだと思います。綺麗な金の色をした髪の女の子で、私、その子を追いかけて――」


「ちょっと待ちなさい。"金の色をした髪"ですって?」


 クレアは再び私を向くと、


「私の髪の色が見えて?」


「…………!」


 ランタンから広がる灯りは、それほど強くはない。

 顔も照らされてはいるけれど、ランタンの暖色と夜の色が混ざって、クレアの髪色も普段のように正確には分からない。


 なのに、あの子の髪の色ははっきりと見えた。

 おまけによくよく思い出してみれば、彼女の手にランタンはなかったような気がする。


「そんな……」


 何かがおかしい。

 そう過った、その時。


「――私を、助けてくれるの?」


「!?」


 妙にハッキリと響いた、鈴の音のような声。

 跳ねるようにして視線を遣った先に立つ、綺麗な金の色をした髪の少女。


 私達と同じ制服。憂いを帯びた表情。

 まるで彼女にだけ光が当たっているかのように、その姿がくっきりと認識できる。のに。


(ランタン、持ってない)


「あなたは――っ」


 その時だった。頭にズキリと強い痛みが走って、咄嗟に手を遣る。

 痛みに「うっ」とよろめいた私の肩を、焦ったようにしてクレアが「どうしたの!?」と片側から支えてくれた。


 ズキン、ズキン。

 なんとか顔を上げて視界に収めた少女は、静かに口角を上げ、儚くも可憐な微笑みを浮かべる。


「ずっと、見つからないの」


(ああ、そうだ。私、あの子を知ってる)


 あの子の、この後に続くセリフも――。


「夏に咲く、スノードロップ。早く、見つけないといけないの」


(これ、特別課外授業で発生する、ダンの隠しイベントだ……っ!)

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