第151話"悪役令嬢"のために仕掛けましょう

 苦労の連続だろうと構えていた学園生活は、意外にも順調に進んで行き。

 気付けばすっかり季節は夏を迎えていた。


 それもこれも、初手で発生した突然の生徒会入りを賭けた投票イベントによる影響なのは明らかで。

 あの場では反対票こそ投じれなかったものの、やはり私の存在に思うところがありそうな生徒も、うかつに手を出せない状況になっているよう。


("mauve rose"のファンになってくれた生徒が増えたのも嬉しいし、クラウン学園の生徒にも人気が高い! ってことでますます売り上げが伸びているみたいだし)


 良いこと尽くめ! 未来は明るい!

 そう、手放しで喜びたいところだけれど。

 ある"例外"により、喜んでばかりはいられない。


(クレア……もう二人で話し合うことすら、出来ないのかな)


 私は基本的に、エラと行動を共にしている。

 今のところクレアがゲームの"クラウディア"のように、エラに対して嫌がらせや呼び出しをしたりといった"悪役令嬢"っぷりを発揮することはない。


 せいぜいちょっとした嫌味程度で、どちらかというと私に対してのほうが、分かりやすい嫌味を言ったり、些細な嫌がらせをしてくる。


『"毒"を知りたくなければ、アタシから離れてよ』


 あの時クレアの言っていた"毒"とは、こうしたことだったのだろうか。

 寂しさと戸惑いに、胸がチクリとする。

 けれど心の中で大事に守り続けている、"さようなら"の時に交わした約束が、その痛みを心配に変える。


『アタシはさ、ティナがそうやっていつか"ティナらしさ"を完全に失くしちゃうのが、一番嫌なんだよね。……それだけは、何があってもアタシの"本当"なんだって。覚えていてくれたら、嬉しいかな』


(今思い返すと、まるで"本当"を表に出来なくなるような言い方してる)


 それに、気づいたことがある。

 クレアが私に何かを仕掛けてくる時は、必ず周囲に他生徒がいる。


 本気で嫌がらせをしたいのならば、それこそゲームのように、人気のない場所を選んでもっとひどいことも出来るはず。

 なのに、たったの一度たりとも、ない。

 これではまるで、"あえて"人目のある場所を選んでいるみたい。


(そもそも、クレアの嫌がらせの発端って、エラに代わってヴィセルフの婚約者になるためだったよね)


 今のクレアの、ヴィセルフに対するあからさまにアプローチを思うと、きっと同じ理由なのだろうけれど。

 正直、すっごく違和感。


 だって王城の侍女として働いていた時のクレアは、まったくヴィセルフを好いているような素振りがなかった。

 嫌がらせの相手が私だっていうのも、おかしい。


(私がヴィセルフとエラをくっつけようとしているから?)


 でも周囲の目がある場で私を貶して、それをエラが庇ってくれて。

 そんなことを繰り返していたら、周囲はますます優しく聡明なエラがヴィセルフの婚約者にふさわしいってなるんじゃあ……。


(どちらにせよ、クレアの目的をはっきりさせなきゃ)


 ゲームと同じように、エラを失墜させてヴィセルフの婚約者の座を自分のものにしようとしているのなら。

 私はクレアと、対峙しなければならない。


 周囲がどれだけ変わろうと、重要因子である悪役令嬢"クラウディア"が機能しているのなら、ヴィセルフとエラの婚約破棄イベントが発生する可能性が高まるから。


 現実、だけれど、ゲームの世界。

 私だけが知り得る、定められたシナリオの強制力が、目で見えないからこそ不安でたまらない。


(とにかく、クレアとちゃんと話をしよう)


 けれども素直に誘ったところで、"クラウディア"は応じてはくれないだろう。

 悲しいけれど、今の彼女からはそう判断せざるを得ない。


 だから少しばかり、頭をひねる。

 クレアとの時間を強制的に確保するために、私が仕掛けられることは――。


「あの、ダン様っ!」


 周囲に他生徒はいない。

 廊下で立ち止まった私に、一緒に回収してきた生徒会宛ての要望書を手にしたダンが、不思議そうにして歩を止める。


「ん? どうかしたか? ティナ」


 私は誠実な、新緑を思わせる緑の瞳をまっすぐ見つめ、


「お願いが、あります」



***



「なっっっとくいかねえ!!!!!!!」


 すっかり日の暮れた、夜の森。

 普段ならばすっかり静まっているだろうそこに轟いたヴィセルフの声に驚いたのか、バタタと数羽の鳥が木々を揺らして飛び去っていく。

 私は宥めるようにして、


「ヴィセルフ様、もう当日なのですから課題に集中しましょう!」


「当日になっちまったからこそ余計に納得いかねえんだろーが。今日までに相手を変更する時間はいくらでもあったろ。なんっで俺と組まねえ」


 不機嫌を隠すことなく腕を組むヴィセルフが、凄みながら距離を詰めてくる。


(うん、激オコだ!)

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