第152話夏の特別課外授業でございます!

 けれど今回ばかりは、折れるワケにはいかない。


「ですから、色んな事情を考慮しまして……」


 苦笑しながらじりじり後退していると、


「僕も同意見です、ティナ嬢」


「! レイナス様!」


 すっと背後に現れたレイナスは、私の両肩に手を添えて、


「僕ならばどんな獣道でも紳士的にエスコートし、誰よりも速やかに課題を終わらせてみせますよ? どうです、ティナ嬢。今からでも僕と組んではいただけませんか」


(で、でた~~~キラキラな王子エフェクト……っ!)


 眩しい。夜なのに眩しすぎて思考力飛びそう。

 だけれど、レイナスも駄目なんだって……!


「えと、お気持ちはありがたいのですが……」


「ティナ!」


「エラ様!」


 飛び込んでくるようにして、私の両手をひっしと包み込むエラ。

 うるうると潤んだ瞳で私を見つめ、


「このような薄暗い中を進んでいかなければならないというのに、離れるのは心配でたまりません。どうか共に居てはいただけませんか……?」


 はい! それはもう、よろこんで!!


(って、言いたい! ものすごーく言いたい、けれど……っ!)


 堪えた涙でくっと締まる喉で、必死に「申し訳ありません、エラ様」と絞り出す。

 不格好だろうけれど、なんとか笑みを作り、


「心配だからこそ、エラ様には信頼あるヴィセルフ様とレイナス様のお二人と組んでいただきたいのです。どうか……ご理解ください」


「ティナ……」


(今回ばかりは、絶対に譲れない)


 一学年の生徒に課せられる、夏の特別課外授業。

 夕食後に学園裏の森で執り行われるこの講義は、『不遇令嬢は恋に咲く』において重要なイベントのひとつだから……!


(課題自体は、特別難しいわけじゃないんだよね)


 任意の三名一組で夜の森を進み、指定されている洞窟の内部に置かれた石に順に魔力を込め、それを持ち帰って来て講師に確認してもらったら終了。

 ゲームでも、基本的には問題なく終了する。のだけれど。


 ヒロインのエラがダンと組んだ時にだけ、隠しイベントが発生する。

 そのイベントを通してダンとの親密度が上がるというのだから、ここはなんとしても避けなければなのですよ……!


「まあまあ、たった一回きりの課題なんだし、あまり責め立ててもティナが可哀想だぞ?」


「ダン様!」


 現れたダンは手に持つランタンをかかげ、「貰ってきたぞ」とニッと笑む。

 別所で配布される、生徒向けのランタンだ。


(わーさすがな手際の良さ……!)


「ありがとうございます、ダン様。気が回らずに、すみません」


「ん? いいって、俺も一緒に課題を受けるんだし。ティナが恐縮することなんかないぞ」


 爽やかに告げたダンはヴィセルフ達へと顔を向け、「もう一つ貰ってきたので、どうぞ」とレイナスにランタン手渡す。

 自チームだけの分だけはなく、ヴィセルフ達の分まで。

 さすがは優秀な従者騎士……!


 レイナスは「ありがとうございます」と受け取りながらも微妙な面持ちで、


「随分と余裕ですね、ダン。浮かれるのは結構ですが、煩悩にばかり気をとられ本来の目的を達成できずでは、恰好がつきませんよ」


「ご心配いただき恐縮です、レイナス様。ですがご安心ください。俺、結構器用なんで、二つの物事を同時に進めるのもそう難しくはないんです」


(うん、ゲームでもイベントによる好感度アップと課題、両方こなしてたもんね……!)


「おい、ダン! 俺サマにたてつこうだなんて、随分と偉くなったもんだなあ?」


「ティナ直々のお誘いだったんだから、俺の一存で変更できるはずないだろ? な、ティナ。俺と一緒が良かったんだもんな?」


「はい! 今回の課題は、どーしてもダン様とご一緒させていただきたかったんです!」


 な? と誇らしげに笑むダンに、ぐはあっと謎の奇声をあげ蹲るヴィセルフ。

 何やらダメージを受けているようだけれど、まあ、ヴィセルフが必死に私と組もうとするのも分かる。


(本当なら、ヴィセルフとエラ、そして私の三人で組んで、私の合いの手を借りつつエラへのアピールをしたかったんだろうなあ)


 それがまさか、よりもよって同じ"王子"のスペックを持つ強力なライバル、レイナスと組むことになってしまったんだから、不機嫌になるのも仕方なしというか……。


「あの、ですが」


 エラがおずおずといった風にして挙手し、


「指定では三名にて一組となっております。あと、もうお一人はいったい……?」


 私が「それは――」と口を開きかけた刹那、


「私ですわ」


 かぐわしく響いた声に、ダン以外の皆が瞠目する。

 颯爽と現れた彼女は、ヴィセルフを前に優雅な礼をとると、


「僭越ながら、ダン様のご用命によりご一緒させていただくことなりました。光栄なこの機会に、しっかり己が価値を証明させていただきますわ」


 にっこりと優美に笑んだ彼女――クレアが、私のもう一人のパートナーだ。

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