第149話王子様にお紅茶を淹れていただきました

 艶やかな白磁のカップから、温かな湯気があがる。

 ヴィセルフはティーポットを置くと、「ん」と紅茶の注がれた一客を私に寄せた。


「飲んでみろ」


「え!? わ、私がいただいていいのですか!?」


「当たり前だろーが。ティナのために淹れたんだ」


(ひええ)


 なんでヴィセルフが!?

 私のために!!?


(あ、もしかしてエラに振舞うために練習して、成果チェックの試飲係!?)


 な~~~~るほどね!!

 確かにこっそり練習していたとしたら、試飲してくれる人なんていないもんね!


「では、ありがたく頂戴いたします」


 持ちあげたソーサーとティーカップに、鼻を寄せる。いい香り。

 カップを摘まみ上げ、火傷に気を付けながら口内に含み、喉に通す。


「っ! 美味しいです……っ!」


 紅茶の味はしっかり感じられるけれど、渋みはなくすっきりとした爽やかな風味が心地いい。

 蒸らす時間は砂時計で計るのが正確だけれど、この世界で砂時計を使って紅茶を淹れることが出来るのは、厨房やバックヤードのみ。

 人前で時間を計るのは、未熟な証とされているから。


 何度も練習し、経験で覚え。水色を見ながら微妙な調整を行うものだと、私も王城で必死に練習した。

 この紅茶はまさに、ばっちりのタイミング。


(これは相当練習したんだろうなあ)


「ヴィセルフ様は、本当に努力家でいらっしゃいますね」


 もう一度紅茶を味わいながら呟くと、ヴィセルフは微妙な顔をして、


「……目的を達成するためには、出来ることが多いほうが有利だって学んだからな」


 ヴィセルフは「ティナ」と呼ぶも、気まずそうに視線を逸らして、


「俺サマが紅茶を淹れるのは、ティナにだけだからな」


「……え? それって、どういう」


「言葉の通りだ」


 ヴィセルフの瞳が向く。

 その頬は明らかに、いつもより赤く染まっていて。


「これからは、ティナの紅茶は俺が淹れてやる。だからもう……オリバーなんかの淹れた茶を飲むな」


「ヴィセルフ様……」


 これは、いったいどういうことだろう。

 眼前の彼は照れているように見える。けれどその表情で語られたのは、想い人である"エラ"ではなく、"私"にオリバーの紅茶を飲んでほしくないという内容だ。

 この国の王子たる人が、わざわざその手で紅茶まで振舞って。


(……これって、もしかして)


「申し訳ございません、ヴィセルフ様。私、ヴィセルフ様のお気持ちに、まったく気が付かなくて……っ」


「な……っ! いや、その手には乗らねえぞ。ティナとの付き合いも長いからな。どうせ今回も妙な勘違いを――」


「ヴィセルフ様は、私がオリバー様の淹れた紅茶を飲むのが我慢ならなかったということですよね? オリバー様ではなく、ヴィセルフ様の淹れるお紅茶を飲んでほしいと思ってくださった。つまり……オリバー様に、嫉妬心を抱かれた。間違っていますか?」


「っ! いや……その通りだ。ティナ、まさか本当に、伝わったのか?」


 どこか呆けた顔のヴィセルフに、私は「はい」と頷き、


「少し考えれば、分かることでした。なのに私は、ずっと気が付かずに……。どうかお許しください」


「い、いや、紅茶の件については、ティナが悪いってわけじゃねえ。だから許すも何も、ティナを責める意図はない。……それより」


 数度口を開閉してためらうようにしたヴィセルフが、ぐっと己の両手をきつく握りしめる。


「ティナは、どう思ってんだ。……身分関係なく、ティナ自身の気持ちが知りたい」


 私を見つめる赤い瞳が、緊張と不安に揺れる。

 自信家なヴィセルフらしくない。

 けれどそれほどまでに私の気持ちを重要視してくれているということが、素直に嬉しい。


「私も、ヴィセルフ様に淹れていただいたお紅茶が飲みたいです。図々しいことは百も承知ですが、やっぱりヴィセルフ様は私にとって、とても大切なお方ですから」


「……っ!!」


 ぼっと顔を赤らめ、硬直するヴィセルフ。

 けれども私を見つめるその瞳に、嫌悪は微塵もない。

 よかった。嬉しさに似た心地を覚えながら、私は「ですから」とヴィセルフの手をそっと両手で包み、


「絶対、絶対に幸せになりましょう、ヴィセルフ様。私も、諦めたくはありません」


「ティナ……っ、諦めるなんてさせねえ。ティナが受け入れてくれるなら、俺が必ず――」


「大丈夫です、ヴィセルフ様。そう思い詰めずとも、まだ間に合います。今からでもヴィセルフ様がお紅茶をお淹れになられている姿を見れば、間違いなく、エラ様も感動されるはずですから……!」


「…………あ?」


 途端にヴィセルフの表情がすんとなる。


(あ、もしかして、直接的な名前は出されたくなかったのかな?)


 私は慌てて「申し訳ありませんっ」と口元を覆い、周囲をきょろきょろと確認する。

 うん、誰もいない。

 ほっと安堵の息をついてから、今度は慎重に言葉を選んで、


「何度も私相手にお紅茶を淹れてくださるオリバー様を見て、優しく気遣いの出来る男性だと心惹かれてしまうかもしれないって、心配されているんですよね。ご安心ください、ヴィセルフ様。まずは私相手にお淹れになる姿で寛大さを見せつけて、ここぞ! っとなりましたら華麗に直接お紅茶をお淹れしましょう! 間違いなく、驚きと感動でヴィセルフ様への特別な感情が膨れ上がるに違いありません!」


 いやー、ほんっと私ったら鈍くて申し訳ない……!


 ありがたいことにエラは私をとても好いてくれていて、"友人"として扱ってくれる。

 そんな相手に、優しく紅茶を注ぐ男性。


 公爵令嬢であるエラは、使用人以外の男性が他者に紅茶を注ぐ姿をあまりみたことがないはずだし。

 心優しい性格であるからこそ、甲斐甲斐しく"優しい"男性の姿に惹かれたっておかしくはない。


 俺だって紅茶が淹れられるようになれば、ティナを使ってエラに"優しさ"をアピールできるのに。

 そんなオリバーへの嫉妬心から、紅茶を淹れるスキルを身に着けた……!


(やっぱりヴィセルフはよく見てるなあ)


 そしてこの短期間で仕上げてくるんだもの。

 愛だね、愛……!


「…………はあ~~~~。本当に、あいっかわらずだな、ティナ」


 どさりと仰向けに倒れたヴィセルフに、「ヴィセルフ様!?」と驚愕の声を上げれば、


「寝る」


「え、ええ!?」


「ティナも適当に食って飲んだら寝ておけ。王子命令な」


(突然の横暴発揮!!?)


「め、命令といわれましても……っ」


「ここは王家所有の地だからな。王族の許可がなければ、誰であろうと踏み入ることは許されねえ。"畏れ多い"だとか、他の目を気にするのはナシだ。……ここんとこ、突っ走ってばかりだったろ。ティナもちゃんと休め」


「あ……」


 頭の中で、カチカチとピースがはまる。

 私のために用意された茶菓子。ヴィセルフ自ら淹れてくれた紅茶。

 寮とは違い他の目を気にせず、伸び伸びと過ごせる空間。


(もしかしてヴィセルフ、私を労うために連れて来てくれた……?)

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