第148話デートの場所は湖のようです
「わあー! 綺麗な湖……っ!」
ヴィセルフの手を借りて馬車から降り、豊かな緑に囲まれキラキラ光る水面に感嘆の声を上げる。
てて、と数歩を進んだ私を「ティナ」と呼び止め、ヴィセルフは軽く腕を曲げると、
「足、滑らせるぞ」
(エスコート……?)
ここがエスコートが当然なパーティー会場ではないからだろうか。
腕をそのままに待ってくれているヴィセルフは、どこか恥ずかし気に視線を泳がせている。
(せっかく気を遣ってくれたのに断るのも悪いし、それこそ草むらで足をとられて転びでもしたら、迷惑かけちゃうかもだし)
うん、ここは頼らせてもらおう。
「ありがとうございます、ヴィセルフ様」
ありがたくその腕に手を添える。
と、ヴィセルフはどこか満足そうにして「ん」と短く発し、ゆっくりと歩き出す。
歩幅を気にしてくれる素振りなんかは、非常に"デート"っぽい。
けれどもヴィセルフの秘めた恋心を知る私は、これが本来の意味の"デート"ではないのだとよく分かっている。
(にしても、なんでいきなり湖なんかに来たんだろ?)
馬車の中でのヴィセルフは、私が本来の意図を何度尋ねようと「デートだ」の一点張り。
わざわざ料理長を使って私の予定をおさえ、カモフラージュ馬車まで用意しているあたり、周囲に知られたくない重要事項なんだとは思うのだけれど……。
(うーん、全然わかんない!)
歩を進めるヴィセルフに連れられ、足首まで伸びた草むらを進む。
ほどなくして、湖のほとりに何やら柔らかな敷布が広げられているのが目に入った。
しかも私の目が確かならば、侍女の時によく見たバスケットが用意されているような……。
「着いたぞ」
ヴィセルフが歩を止めたのは、やっぱり用意されてた敷布の側。
私は「失礼します」とヴィセルフから手を退け、バスケットの中身を確認する。
(やっぱり……ピクニックセットだ)
ひとつのバスケットには、クッキーやマフィンといった焼き菓子を主にした茶菓子が。
もうひとつのバスケットには、お皿やカトラリー、ティーポットにティーセット。
厚手の布が巻かれた金属性の水瓶には、お湯が入ってる。
「ヴィセルフ様、ピクニックをされたかったのですか?」
言いながらバスケットの中身を取り出し、お皿やティーセットを敷布の上に広げていく。
ヴィセルフは「あー、まあな」と微妙な返事で、敷布に腰を下ろした。途端、周囲をきょろきょろと見渡して、何かを確認している。
(いったい何をそんなにそわそわして――)
は! もしかしてこれは、エラとの"デート"の下見なのでは!?
そういえば以前もお忍び下見に同行したし、なるほどそういう……!
(最近は私の投票対策でバタバタだったもんね)
やっと落ち着いたことだし、ここらでバーンとデートに誘って、一気に親密度を上げる作戦ってことで――。
「ティナ。それ、貰うぞ」
「え?」
背後から伸ばされた腕がすっと私の頬横を通って、手元から水瓶を奪っていく。
背中に感じたヴィセルフの気配。まるで後ろから抱きしめらているかのような体制だったのだと気づいた瞬間、どっと心臓が強く跳ねた。
(びっ、びっくりした……!!!!)
とっくに離れたヴィセルフに動揺を気付かれないよう背を向けたまま、そっと心臓を両手で覆う。
掌に伝わる鼓動は早い。
(不意打ちは……! 心臓に悪いっ!!!!)
けして、けしてヴィセルフに淡い恋心を抱いているとかではないのだけれど!!
それでもこんな不意打ちで乙女ゲームっぽいアクシデントが起きればさ!!
ドキドキしちゃうのは仕方ないっていうかさあ!!?
「ティナ? なにか問題でもあったか?」
「い、いえ! 今日の焼き菓子も素晴らしい出来だなと見惚れてしまいまして……!」
「ああ。それ、ティナが好きに食べていいからな」
「え!? 私がですか!? ヴィセルフ様の軽食では!?」
「ちげえ、ティナのために用意させたんだ。それと、こっちの湯は……」
ヴィセルフがふっと瞼を伏せた刹那、布を外した水瓶を持つ手に柔い炎が現れた。
(ヴィセルフの赤の魔力……!)
赤い炎に照らされ、前髪をなびかせるヴィセルフは神秘的で美しい。
うん、やっぱり攻略対象キャラじゃないの勿体ないな……なんて考えていると、炎が消えた。
「こんなもんか」
ヴィセルフは水瓶の蓋を開け、置かれた茶葉入りのティーポットにお湯を注ぐ。
どうやら温め直してくれたらしい。
(赤の魔力、便利だなあ)
冷めたお湯でも紅茶を淹れられないことはないけれど、やっぱり温度の高いほうがしっかり茶葉が開くし、時間もかからない。
助かりました、とティーポットの茶葉が蒸れるのを待つ間に、一度湯でカップを温めようかと水瓶を受け取ろうとすると、
「俺がやる」
「へ?」
「俺が茶を淹れるから、ティナは手を出すなよ」
(え? なんで??)
混乱する私をよそに、ヴィセルフは真剣な顔で紅茶を淹れる準備を始めた。
私の用意した空のカップと、もう一客。
双方のカップに湯をそそいで、しばらくしたら草むらに捨てる。
ポットの蓋を開き中の水色を確認して「こんなもんだな」と呟くと、ティーストレーナーに通しながら、二つのカップに注いでいく。
(ほ、ホントにヴィセルフが紅茶を淹れてる……!?)
侍女の頃はもちろん、入学してからもヴィセルフが紅茶を淹れる姿など見たことがない。
それも当然。だって彼は、この国の王子様だから。
紅茶など言葉ひとつで命じ、誰かが用意するもの。
彼自らわざわざ淹れ方を覚え、その手で注ぐものではない。
なのに。
(完璧だ……)
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