第144話同志なご令嬢からの忠告
ちなみに桜のロールケーキは今朝、料理長が届けてくれた。
「今回はこれで終いかあ。ああー不完全燃焼だ! 次、この花が咲く時期にはもっと出すぞ! 仕入先の目星は付けてるから、近々選定しておく」
うん。相変わらずのブレない料理バ……じゃなくて情熱っぷりに、もはやほっこり和んじゃったり。
私はローザとマリアン、ミリーの三人に改めて頭を下げ、
「皆様のお陰で無事、生徒会入りを果たすことが出来ました。ヴィセルフ様とエラ様が更に仲睦まじくなれますよう、誠心誠意全力でサポートしてまいります!」
「しっかり頼んだわよ。エラ様に懸想する子息の数もさることながら、先日のヴィセルフ様のお姿に心奪われるご令嬢の多さったら! 隙あらばとお近づきの機会を狙ってくるでしょうし、しっかりお守りするのよ!」
「エラ様もお優しい方ですから、お断りするにもやんわりとしかお伝えできないことでしょうし……。恋心というのは勘違いから拗れることも多いと聞きますし、よく目を配ってさしあげてください」
心配げなローザとマリアンに、「承知しました!」と両手を握り意気込む。
二人は微笑むと、黙ったままのミリーに顔を向け、
「ミリー様。さっそくこちらの品々でお茶の時間に致しましょう」
「良い提案ですわね、ローザ様。お天気も良いことですし、温室を利用するのはいかがでしょう?」
「……そう致しましょうか」
了承を返したミリーに、ローザとマリアンが嬉し気に笑みを深める。
(この二人って、本当にマリアンが大好きなんだなあ)
「あ、ねえ。そうだわ」
ふと思い立ったようにして、ローザが私を見遣る。
「この後、お時間あって? せっかくくださったのだから、一緒にお茶会はいかが?」
「え? 私ですか?」
と、マリアンが「それは良いですわね」と手を合わせ、
「今回の一件について、ヴィセルフ様とエラ様のご様子も気になりますわ」
わーーーーーーさすがは『ヴィセルフとエラの幸せな結婚計画』の同志!!!!
とっても話したい……っ!
テオドールと対峙した時の二人の阿吽の呼吸っぷりとか、エラとレイナスがお茶会班として振り分けられた時の「はっ、妥当な組み合わせだな」とかいって必死に動揺を隠しながら心のひろーい男アピールを頑張ってた話とか、めちゃくちゃしたい……っ!!
(なんだけど……)
「とても、とーーーっても魅力的で光栄なお誘いなのですが、残念ながら、予定が入っておりまして……っ」
少々時期の遅れた桜のロールケーキ販売が終わり、"期間限定商品"の効力を知った料理長が、さっそくと次の"期間限定商品"を練り始めているらしく。
この後"mauve rose"に来るよう言われているので、この場は諦めるしかない。
ぐぬぬ、と悔しさを両手で握り潰す私に、ローザとマリアンが「仕方ないですわ」「またの機会にですわね」と肩を竦める。
行きましょうか、と踏み出した二人から離れるようにして、ミリーが私に数歩近づいた。
「アナタは……ヴィセルフ様のあのようなお姿を見ても、変わりないままですのね」
「へ?」
ミリーは「分からないままでよろしくてよ」と扇子をパチンと閉じて、
「やはりアナタに"貴族"は向いていないという話ですから」
「は、はあ……」
(あれ、なんか怒らせるようなことしちゃったかな……?)
でも怒っているにしては顔つきが優しいというか、呆れているというか。
声も嫌な感じじゃないし……。
刹那、ミリーが私の耳元に顔を寄せた。
閉じた扇子で口元を隠し、囁くようにして、
「クラウディア・ティレット嬢にはお気をつけなさいな。彼女の目的はエラ様でもヴィセルフ様でもなく、アナタのように見えますわ」
「っ!」
(クレア……っ)
「貴族の世界は蹴落とすか、蹴落とされるかですわ。そのことをよく覚えておきなさいな」
それと、と。
ミリーは再びばさりと扇子を開いて、顔の半分ほどを隠す。
「エラ様やヴィセルフ様のお側が心地良いのは結構ですけれど、時にはわたくし達とのお茶会もなさいな。アナタはご存じないでしょうけれど、わたくし達はそれなりに力のある家柄ですの。貴族にとって人脈は盾であり武器。わたくし達を味方につけておいて、損はないですわ」
「ミリー様……っ!」
「言っておくけれど、わたくし達にとってもアナタとの深い関係性を示すことは利益になる、という話ですわよ。けして、アナタ個人に好意を持っての提案だなんて勘違いはなさらないことね。……カップとロールケーキについては、感謝申し上げますわ」
行きますわよ、ローザ、マリアン。
そう言って踵を返したミリーの両横に並んだ二人が、顔だけで振り返る。
「次にお披露目されるスイーツも楽しみにしてますわ」
「ご都合の良い時が分かりましたら、ぜひお声がけくださいね」
「はい! ありがとうございます、ローザ様、マリアン様!」
手を振ってくれる二人に手を振り返し、三人を見送る。
ミリーは一度も振り返らなかったけれど、あんな分かりやすいツンデレ令嬢構文をいただいておいて、照れているんだろうなと察せないほど鈍くはない。
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