第142話生徒会長の個人授業でございます

「待った。そこの算出、間違っているよ。この月は臨時の使用人が雇用される前の期間だから、その人数を抜かないと」


「あ、そうでした……っ」


 慌てて書き直す私の隣で、テオドールが呆れたように小さく息をつく。

 無事に生徒会入りを果たしたはいいものの、その日から時折こうして、放課後に生徒会室でテオドールの個人授業を受ける運びとなった。

 曰く、


「特例とはいえ正式に生徒会の一員になったのだから、テストでは学年十位以内に入らなければならないよ」


「じゅ、十位以内ですか!?」


 この無謀とも思えるミッションクリアのため、私の指導には、ヴィセルフやエラをはじめとする皆も協力を名乗り出てくれたのだけれど。

 テオドールは入学から常に学年一位を維持し続けているうえ、先に一学年を終えているため効率的に指導できるからと、一蹴されてしまった。

 さらには、


「それに、皆様では彼女の勉学が捗るとも思えませんから。勉学以外に気を逸らさず、厳しく接せますか?」


 この一言で、皆が撃沈。


(うん、みんな私に優しいからね……)


 テオドールが私を嫌っているのは理解しているつもりだったから、いったいどんなスパルタ授業が待っているのかと不安を抱えつつ、臨んだ特別授業。

 始まってみると、テオドールの指導は的確でわかりやすく、正直心から助かっている。


(確かに優しくはないけれど、理不尽な厳しさは全然ないし……)


 ちなみにヴィセルフやエラ達相手には敬語のテオドールだけれど、私相手には普通に話す。

 ゲームではエラの視点だったから、なんだか新鮮。


(それに、エラがいないとこう、年相応な少年っぽさがあるというか……)


 ゲームでの記憶と照らし合わせながら、ちらりとテオドールを横目で盗み見る。

 と、バッチリ目が合ってしまった。


「なんだい」


「あ、あと、生徒会長は本当に生徒会を大事にされているんだなーと思いまして……!」


 意味がわからない、と言いたげに寄せられた眉間の皺。

 私は慌てて、


「その、いくら私が今回の勝負で生徒会入りを認められたからって、わざわざ勉強を教えずに放置しておけば、そのうち他の生徒さんから"やっぱり相応しくない!"って声が上がる可能性があるじゃないですか。なのに嫌いな私相手にもこうして親切に指導の時間を割いてくださるのは、"生徒会"という組織に他生徒からの不満が集まらないようにするためですよね?」


 刹那、テオドールがピタリと制止した。

 それからすぐに「……ああ、なるほど。理解したよ」と深々と息をつき、


「これは贖罪だよ」


「贖罪、ですか?」


「私情に流され、はじめからキミを無価値で狡猾な令嬢だと決めつけて、姉様から遠ざけようとした。姉様にも、キミにも、失礼で申し訳ないことをした。だけれど僕は、今回の投票が無意味だったとは思わない。発端はなんであれ、キミの生徒会入りは"例外"だ。今振り返っても、キミが全生徒にその能力と生徒会入りの意義を示す場は必要だった。キミに与えた課題について、謝罪するつもりはない」


 だから、と。

 テオドールは机上に置いた自身の手を、ぐっと握り込める。


「キミへの非礼については、キミが少しでも"生徒会役員"らしくなれるよう、手を尽くすことで償いたい。それに、姉様は何よりもキミの側を望んでいる。姉様の願いを守るには、キミの能力向上が必須だからね。だから、これは個人的な"贖罪"。生徒会のためなどではないよ」


 話は終わりだという風にして、テオドールが「ほら、集中して直しな」と勉強の再開を促してくる。

 私は「は、はいっ」と用紙に向き直りペンを動かしながら、思考の端でテオドールの言葉を理解しようと整理して――。

 ふと、気が付いてしまった。


「生徒会長は、優しいですね」


「…………は? キミ、まさか頭を使い過ぎて正常な判断が出来なくなったのかい?」


(おお、辛辣)


 けれどもゲームのおかげで慣れっこな私は、「たぶん、平気です」と苦笑を浮かべ、


「だって、私が何を成そうと、"辺境の伯爵令嬢"であることに変わりはないですから。それなのに非礼を働いたと心を痛めてくれて、こうして償いだと言って労力を費やしてくださるなんて。それに、今のお話では、私がエラ様のお側にあることを許してくださっていますよね? 優しいです、すごく。ありがとうございます、生徒会長」


 ならば棚ぼた的に手にしたこの貴重な機会。

 ありがたく利用して、ばりばり吸収させてもらいます!

 再び用紙に向かい、うーんうーんと悩み始めた私の耳に、「……キミは」と小さな呟きが落とされる。


「お人好しだと、言われはしないかい」


「あ……と、覚えはあります。でも、言うほど私も"人が良い"わけではありませんよ? 目的を達成するために、他人の弱点を突くような方法をとりますし。ご愛用頂いているその"特別な靴"がいい例です」


 ふふ、と笑むと、テオドールは「そうだね、今回はまんまとしてやられたよ」と微妙な顔をする。

 それから少し考え込むようにして、


「それでも、僕に"優しい"などという言葉を使う人間は、僕が優しくあろうとしている姉様以外はキミが初めてだ。真逆の意味の言葉ならば、数えられないほどに贈られたものだけれどね」


「それは……生徒会長の優しさが、一見わかりずらいものだからではないでしょうか。少なくとも、私の知る生徒会長は冷たい態度で強い言葉を使うこともありますが、決して正当な理由なくなぶることはありませんし、実力以上の働きを無理に強要することもありませんし……」


「キミの"優しい"は随分と基準が低いのだね」


「どうでしょうか。私はこれらを"基準が低い"と感じることこそが、生徒会長が"優しい"証拠だと思いますよ」


 テオドールは難しい顔をして、机上の一点を見つめながらじっと考え込んでしまった。


(そんなに難しいこと言ったかな?)


 とりあえず問題解きを再開していると、


「なるほど、姉様がお気に召されるのはこういう……」


「へ? なにかおっしゃいましたか、生徒会長」


「テオドール」


 唐突に告げられた名に、私は「ん?」と小首を傾げる。と、


「まさか、僕の名前を知らなかったなんて言わないだろうね?」


「え、そんなまさか! もちろん、存じ上げております!」


「なら、"テオドール"と呼んだらいい。他は全て名前で呼んでいるというのに、僕だけ"生徒会長"ではおかしいからね」


(そ、そうかな?)


 私相手に名前で呼ばれるのは嫌だろうなあと思って、わざと避けていたのだけれど。


(もしかして、仲間外れみたいで寂しかったのかな?)


 ともかく本人が良いと言うのなら、お言葉に甘えて。


「では、テオドール様。精一杯頑張りますので、生徒会の一員らしくなれるよう、なにとぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」


「そうだね、任されてあげる。この僕が手をかけるのだから、しっかりと磨き上がるんだよ。そうだね、僕と姉様の間に立てるくらいには」


「んん?」


 あれ? 生徒会役員として見合うだけの実力をつけようって話じゃなかったっけ?

 あ、生徒会役員として並び立った時にって意味かな。

 軽い混乱状態の私に、テオドールは「ああ、それと」となぜかご機嫌そうに口角を上げて、


「誤解をしないでほしいのだけれど、僕はキミが気に入らなかっただけで、嫌ってはいないよ」


(それって……結局は好ましく思っていないって意味では、同じなのでは?)


 ますます深まる混乱に、脳がぐるぐる回る。

 頭を抱える私を、テオドールはくつくつと愉しげに見ていた。

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