第141話運命の投票にございます

(フォーチュンテリングカップで女子生徒を、シークレットシューズでテオドールと男子生徒を。駄目押しで桜のロールケーキっていう三段階で囲い込む作戦だったけれど……)


 生徒たちの表情を見渡す。

 その顔には感動や賞賛というよりも、困惑や戸惑いが強い。


(――ヴィセルフの言った通りだ)


 脳裏に浮かぶのは、この作戦をヴィセルフ達に伝えた温室での一幕。

 椅子に腰かけたヴィセルフは、優雅に足を組むと、「甘いな」と机を指で鳴らす。


「流行らせた品々の考案者がティナだと明かして賛成票を誘うって案は、悪くねえ。が、それじゃ弱すぎる。学生とはいえ、相手は"貴族"の連中だからな」


 ヴィセルフは「いいか、ティナ」と私を見て、


「"貴族"ってのは、大なり小なりまずは自分の利益を優先する。感情論はその後だ。今回でいえば、ソイツにとって賛成票と反対票のどちらがより自分の利益になるかで決まる。いくらティナの仕掛けたモンに感動しようが、"辺境の伯爵令嬢"が自分達よりも権力を持つことを歓迎する"貴族"なんざ、たいしていないはずだ」


 ということは、だ。

 ヴィセルフは悪巧みを思いついたスナイパーのごとく、にやりと口角を上げ、


「確実に票を得るには、反対票を投じたヤツに不利な条件を付けてやればいい。そうだな、今後一切ティナの発案品を使えないよう、署名でもさせるか」


「そ、そんなことで、不利になるものなのでしょうか……?」


「なる。言ったろ? ヤツらは"貴族"だ。"貴族"にとって、流行り廃りってのは一種のステータスだからな。加えて今回の品々はどれも、それ独自の特別な体験をさせるものばかりだ。一度その良さを実感した後に手放すってのは、簡単なことじゃねえ」


 そうして追加されたのが、「反対票を投じた人は誓約書に署名する」という条件だったのだけれど。

 改めて実感する。

 今のヴィセルフは、ゲームの彼とは天と地ほどかけ離れた策略家……!


 ちらりと見遣ったエラは、祈るようにして両手を胸の前で組んでいるけれど、その眼に不安は一切見えない。

 揺らがない信頼。

 誰に向けたものかなんて、そんな野暮な事、聞かなくてもわかる。


(エラとヴィセルフの絆を一気に深めるためにも、ここで確実に決めなきゃ……!)


 私はすう、と息を吸い込み、出来るだけ優美に見えるよう意識しながら、にこりと笑みを作った。


「現在、レイナス様が窓口となっておりますフォーチュンテリングカップですが、こちらも明日より"mauve rose"にて販売およびご予約の受付を開始する運びとなりました。また、"特別な靴"についてですが、こちらは現在の学園用のものではなく、パーティーなどでご利用いただけるタイプなど複数のデザインを準備中です。ご注文を受け付ける体制が整いましたら、再度男子寮にて掲示させていただきます」


 生徒のざわめきが一層大きくなる。

 困惑の色が強かった空気が、一気に期待めいたものに変わった。


(いける……!)


「ヴィセルフ様」


「!?」


 揺るぎない凛とした声が、生徒の視線を奪った。

 揃えた細い指先を天に向け、静かに挙手しているのは赤髪の女生徒。


(クレア……!)


 レースとシースルーの素材を使用したドレスは、形こそシンプルなものの充分に色っぽい。


「発言の許可を願います」


「……許可する」


 クレアは「ありがとうございます」と微笑むと、一呼吸おいて笑みを消し、


「彼女が奇をてらった品々を考案するに長けていることは、よく分かりましたわ。ですがなぜ、生徒会入りが必要なのです? 生徒会とは学園の秩序。国でいえば政治と同等であるが故に、明確な条件が存在しているものと存じます。これまでの国政に"発明家"が登用された歴史はございませんし、彼女の価値が"優れた発案"だけならば、わざわざ生徒会に入らずとも好きに発案していただけばよろしいのではありませんか?」


(う……、ごもっとも)


 痛い所をつかれた。

 だってそもそも私の生徒会入り自体、本来あるべき"学園のため"ではなく、ヴィセルフとエラのモヴキューピットたる役目を果たしたいという不純な動機に基づいているのだもの。


(どう返そう)


 風向きが変わったのが、肌で分かる。すると、


「視野が狭いな」


 嘲笑うかのようなヴィセルフの声に、跳ねるようにしてその顔を見る。

 と、ヴィセルフは余裕たっぷりに口角を上げ、


「学園における生徒会の存在は、国でいうところの政治。"だからこそ"、だ。政治はなんのためにある。国を統治するためだ。なんのために統治する。この国に暮らす民に、少しでも豊かで希望ある生活をさせたいからだ」


 ヴィセルフは私の隣に並び立ち、


「今回、ティナの発案品で胸を躍らせた者は? 円滑に他者との交流を深めた者は? 国は"人"で成る。ティナの発案品を知る前と知った後で、己の内が変わってはいないか? 豊かさにはいくつもの側面がある。ティナの発案品は、多くの人の"心"を豊かにする力を秘めている。だからこそ、ティナは生徒会に必要な人材だと考えている。前例がないのなら、新たな"前例"になればいい。慎重なだけでは、発展は見込めないからな」


 シャンデリアの反射した光が、堂々たるヴィセルフの姿をきらきらと彩る。

 その、まるで祝福を受けたかのごとき姿に、私達はおそらく同じ未来を見た。


 ――ラッセルフォード王国、新国王。


「……さすがは、ご聡明なヴィセルフ様にございますわ」


 はっと見遣ったクレアは、恭しいカーテシーを。


「未熟な己を恥じるばかりにございます。精進いたします故、ご無礼をお許しくださいませ」


「……構わない」


(クレア……。そんなに私が生徒会に入るの、許せないのかな)


 今、ヴィセルフの演説に感銘を受けた生徒たちが、"私"という存在に価値を見出そうとしている。

 この場面で私が動揺を見せるわけにはいかない。

 だからひっそりと、スカートに隠れる位置で右手を握りしめて、弱気な心を隠す。


 そうして間もなく始まった、運命の投票。

 反対票は、ただのひとつもなかった。

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