第140話必殺のシークレットシューズでございます!

 パーティーも間もなく終盤。とうとう、待ちに待ったその時がやってきた。

 生徒会会議での打ち合わせ通り、オリバーを始めとした生徒会のメンバーが、会場の四隅に投票箱を設置する。


 同時に置かれたのは、この学園伝統の投票用コイン。

 特殊な作りになっていて、手にした人の魔力をほんの少しだけ吸い込み、二十時間ほどはその魔力を保存する。必要とあれば、その魔力をもとに本人を特定できる代物だ。

 全ての準備が整ったのを確認して、僕は会場の中央に立つ。


「それでは、事前告知をさせていただいていた通り、ティナ・ハローズの生徒会入りの是非を問う投票をとり行います」


 姉様と、ダン様。レイナス様とオリバーは、それぞれ一人ずつ四隅に設置した投票箱の横に立っている。

 ヴィセルフ様と彼女は、僕から数歩離れた位置に。

 ちらりと横目で伺うと、堂々たる佇まいのヴィセルフ様の隣で、彼女は必死に怯みそうな自身を鼓舞しているように見える。


(逃げなかった点については、評価してもいいかな)


 デビュタント後は早々に王城の侍女として行儀見習いをはじめ、ろくに夜会にもパーティーにも出ていなかったと聞いている。

 そんな彼女に注がれる数多の視線は、いわば"社交界"のそれに近い。


「投票にあたり、一点、ヴィセルフ様から追加事項があります」


 ヴィセルフ様が僕の言葉を受け、隣に並び立つ。


「ティナ・ハローズの生徒会入りに反対票を投じた者には、今後、彼女の考案した品をただの一つも使用しないとする宣言書に署名してもらう。条件は、それだけだ」


 ざわざわとどよめく生徒たち。

 中には嘲笑を含む視線を彼女に送っている者もいる。


(まあ、そうだろうね)


 ヴィセルフ様たちに媚びを売る、田舎の伯爵令嬢。

 そんな彼女が考え出したモノなど使えなくなったところで、困るはずがない。

 そう考えるのが当然だ。


(だが……)


『ティナは、凄い人ですから』


 姉様の、確信に満ちた穏やかな水色の瞳が、僕の心をざわつかせる。


「ティナ・ハローズ、前へ」


 促すヴィセルフ様に頷いて、彼女がその隣に並んだ。

 すう、と息を吸い込んで、彼女は気丈な紫の瞳で前を向く。


「まず、初めに。先ほどお出しした桜のロールケーキですが、考案者は私です。こちらは明日から期間限定で、"mauve rose"にて販売させていただきます。"mauve rose"で販売されている品々のほとんどは、私が発案しておりますので」


 なんだって、と。驚愕にざわつく生徒たち。


「またあのロールケーキが食べれるってことか」


「"mauve rose"って、あの王家御用達のお店よね? どうして彼女が……」


(空気が変わった)


 彼女を引きずり落とさんとしていた視線が、好奇に満ちたそれに変わる。


(だが、これだけで生徒会入りを認めるに値するまでにはならないだろう)


 生徒会入りを認めるということは、すなわち自身らの上に立つことを認めると同義。

 何よりも爵位を重んじる"貴族"が、ロールケーキひとつで懐柔されるはずがない。

 と、次の瞬間、彼女が「続いてですが」と口を開く。


「この会場にも置かれております、フォーチュンテリングカップ。あちらも私が発案し、レイナス様のご協力のもと制作いたしました」


 な、と。思わず漏れた驚愕は、それよりも大きな会場のどよめきにかき消された。

 彼女は想定していたかのように「それから」と続け、自身の足下を指さす。

 くっと、右足の踵を上げ、


「男子生徒の皆さんの、"ささやかな夢"を叶える特別な靴も。私が仕掛けたモノです」


 今日一番の衝撃が、会場内の男子生徒に駆け抜けた。

 僕はといえば、情けなくも声すら出せずにいる。


(そんな、そんなまさか、"これ"まで……!)


 思わずぎゅっと靴底に力を込める。

 手放せない。手放せるはずがない。

 これは僕の願いを叶えてくれた、奇跡の靴なのだから……!


 は、と。気が付いた僕はヴィセルフ様を跳ねるようにして見遣る。

 途端、ニヤリと返された"してやったり"とも言いたげな笑みに、僕は全てを悟った。


(ヴィセルフ様は、これを狙って……!)



***


 声こそ出してはいないものの、明らかな動揺を浮かべるテオドールの表情に、私はスカートに隠れるよう下した右手でこっそりガッツポーズを握る。


(そうだよね、テオドール。だってこの靴は、あなたの為に作ったようなものだもの……!)


 男子生徒の"ささやかな夢"を叶える、特別な靴。

 それは、一見しただけでは"そう"とはわからないよう靴底を上げてある、シークレットシューズ!


(これこそが私の、"ひっそりこっそり懐に入り込んで手放せなくなってしまおう"作戦!)


 好かれるのではなく、認めざるを得ない状況を作る。

 そのために私は、ゲームで得たテオドールのコンプレックスである"低身長"を攻めることにした。


 ほんの数センチ、されど数センチ。

 ヴィセルフとダンに協力してもらい、学園指定の仕立て屋と接触した私は、このシークレットシューズの構想を提案。

 無事に承諾を得た後は急ピッチで制作を進めてもらい、学園の男子寮に張り紙をしてもらったのだ。


『本国初披露! あなたの身長を密かに伸ばす、夢の紳士靴!(なお、ご注文状況によってお仕立てに時間を要する可能性がございます)』


 ターゲットであるテオドールと、学園の男子生徒内で多少話題になりそうな程度に売れてくれたらいいなと思っていたのだけれど。

 これが想像以上の大ヒット。ダンの話によると、半年先まで注文が埋まっているという。

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