第138話フォーチュンテリングカップと桜のロールケーキ

 あれだけ自信たっぷりに、「勝ってみせる」と宣言していたのだから。


(いや、もしかするとあれは最後の虚勢で――?)


「なあ、テオ」


 唐突な呼びかけに、思考を切ってその人物を見遣る。

 予想通り、側に立っていたオリバーが、手にしていたティーカップとソーサーを机上に置いた。


「コレ。近頃学園ですっげー流行ってるフォーチュンテリングカップじゃん。会議でコイツの話は出てなかったと思うんだけど、会場に置こうって考案したの、テオ?」


 妙に真剣な面持ちで訊ねて来るオリバーに微かな違和感を覚えつつも、僕は「いいや」と答え、


「二日ほど前にね、姉様とレイナス様が僕のところに来たんだ。円滑な交流を手助けする一環として、会場に置いてはどうかと。近頃このカップが話題になっているのは僕も知っていたし、製作にはレイナス様も一枚かんでいるようでね。カグラニア王国に恩をうっておくのも悪くはないし、何よりも姉様が気に入ってらっしゃるようだったから、許可を出したんだ」


 机上に置かれたカップを手に取り、そういえば現物をしっかり見るのは初めてだなと、まじまじと観察する。

 フォーチュンテリングカップ。

 すなわち、紅茶占いが可能なティーカップ。


 カップの内側にはハートや王冠、馬具や月など、爪の先程の小さな絵がいくつも描かれている。

 使い方は至ってシンプル。

 ティーストレイナーを使わずに紅茶を注ぎ、占いたい事項を思い浮かべながら、茶葉を避けて紅茶を飲む。

 この時、全ての紅茶を飲みほしてはならない。カップに少しだけ紅茶を残し、静かにカップを三度ほど回す。


 それからカップを逆さにして、ソーサーの上へ。

 紅茶が落ちきったらカップの中身を確認し、どの絵に茶葉が多く残っているかを見て、占うのだという。


 この手軽さと、己で解釈をする面白さが合わさり、近頃の学園内ではこのカップを求める生徒が後を絶たない。

 が、なんでも現在の入手ルートは、レイナス様を介した注文しかないようで。

 多くの生徒が順番待ちに耐えている状況なのだと、レイナス様が申し訳なさそうに苦笑していた。


(まあ、レイナス様御用達の占い師が携わっているというだけでも、欲しがる令嬢は多いだろうしね)


 カグラニア王国の特産品はなんといっても魔岩石だが、国内においても貴重なためそう数を国外に輸出するわけにはいかない。

 ましてやここラッセルフォード王国の国民は、魔岩石を使用せずとも魔力を有している。

 故に別の商品での販路開拓として、考えられたのだろう。


 僕の記憶では、学園内でこのカップがはじめてお披露目されたのは、レイナス様と姉様が主催したお茶会。

 二人は幼少期から顔見知りだし、近頃はヴィセルフ様を介した交流も多い。


 そんなレイナス様が、"令嬢の中の令嬢"として羨望の的である姉様に協力を願いでることも。

 旧知の仲であり、ヴィセルフ様の婚約者である姉様が今後を考え承諾することも、至って自然な流れだ。


 この会場においても、フォーチュンテリングカップを置いたテーブルの周囲は人が多い。

 姉様とレイナス様の提言通り、"交流を手助けする"という目的を十二分に果たしているように思えるけども。


「なにか、不都合でも?」


 訊ねた僕に、オリバーは会場を見遣りながら「いやあ……」と歯切れ悪く答える。


「なんつーか、ざわざわするっつーか」


「ざわざわ?」


 もっと具体的に話せ、と言いかけたその時。


「皆様、ご注目! 本日初お披露目、スペシャルデザートのご提供でございます!」


 高らかな宣言は総料理長のもの。

 続いて開かれた扉から、大判の銀プレートを手にした料理人が数名入室してくる。


(スペシャルデザート?)


 ざわつく会場。パーティーの中盤でこんな大々的な催しをするなど、聞いてはいない。

 例のメロンのババロアだろうか。

 歩み寄った僕の目に飛び込んで来たのは、見たことのない、淡いピンク色をしたロールケーキ。

 それも、上部に絞られた白いクリームの上には、同色の花が飾られている。


「これは……まさか、桜の花?」


「ご名答です、会長」


「!」


 声に振り返ると、それまで姿の見えなかった彼女――ティナ・ハローズが立っている。

 彼女はにこりと朗らかに笑み、


「少し季節が過ぎてしまいましたが、桜の花を使用したロールケーキになります」


「桜の花を? ……確かに色は近しいけれど、上部に花を飾っただけで"桜のロールケーキ"とは仰仰しすぎないかい」


 彼女は「それがですね」と、笑みをどこか悪戯っぽいものに変え、


「この綺麗な桜色の生地ですが、桜の花弁を乾燥させ、粉末状にしたものを練り込んであるんです」


「桜の花の粉末を……?」


「はい! それから桜の香りはベリーと相性がいいので、クリームには細かくカットしたイチゴを混ぜ込んでもらいました。ぜひ、会長も食べてみてください!」


 小皿に一つを取り分けて、デザートフォークと共に彼女が手渡してくる。

 僕は戸惑いつつも受け取り、周囲から注がれる期待の視線に背を押されるようにして、一口を食む。


 途端、鼻を抜けるのはあの、満開の桜並木の中に佇んだ時と似た、優しく甘い香り。

 舌状を滑るまろやかなクリームの中で、甘酸っぱいイチゴが弾ける。

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