第137話いざ、決戦の交流パーティーへ
「すみません、エラ様。着替えを手伝っていただいてしまって……」
交流パーティーのドレスコードは、学園外で行われるそれよりも装飾を減らした、カジュアルなドレス。
手持ちの中からエラと共に選んだドレスは、背中側で紐を引っ張り余りをリボンにしなければいけないタイプで。
一人では着れないからと候補から外そうとした私に、エラは聖母のごとき輝かしい微笑みで、
「わたくしがお手伝いしますので、問題ありません」
(公爵令嬢なヒロインに着替えを手伝わせるなんて、とんだ大物だよね私……!)
大丈夫? これってヒロインをこき使う悪役令嬢フラグとか立たないよね???
すると、やけに満足そうな表情で背中側から顔を覗かせたエラが、
「とんでもありません。ティナにはわたくしの着替えを手伝っていただきましたし、実は以前から、こうしてティナのお手伝いをしてみたかったのです」
「私の着替えを、ですか?」
「はい。なぜなら……」
エラは恥じるようにして頬をほのかに染めると、
「ティナはわたくしを、わたくしはティナを。互いの着替えを手伝っていると、まるで二人で過ごす日々の一幕のようですから」
(二人で過ごす日々の一幕……?)
は! なるほど、謎は解けた……!
二人で過ごす日々の一幕すなわち、これはエラの秘めた花嫁修業の一つってこと……!
ヴィセルフと結婚した後、基本的に二人の着替えは侍女が手伝うはず。
けれども時と場合によっては、二人きりの時に、侍女を呼ぶ前の着替えが必要になる可能性だって無きにしも非ず!
(ブライトン家で誰かの着替えを手伝う練習なんて出来るはずがないし、私相手なら、ヴィセルフに誤解されることなく思う存分に練習台に出来るし!)
ヴィセルフとの結婚生活を想像して恥じる姿もさながら、こうして影でよき妻になろうと励むその健気さが胸きゅんすぎる。
なんたるヒロイン。圧倒的に最強ヒロイン……!!!
「前々から存じてはおりましたが、エラ様は本当にお可愛らしいですね」
え、と。思わずといった風にして零したエラが、みるみるうちにその顔を赤くする。
エラは感情の高ぶりを隠すかのように口元に指先を添え、
「っ、ティナに、そう言っていただけて、何よりも嬉しく思います」
(あーーーーーやっぱりかわいいーーーーっ!!!)
こう、くっつく前の照れやら憧れやらがせめぎ合う姿って、恋が成就した後のそれとはまた違った噛みしめたい良さがあるよね……!
(本当、ゲームのエラでは見れなかった表情が天使すぎる……)
だから、必ず。
やっと息吹いた恋の芽を、私が守ってみせる。
「エラ様。重ねてのお願いで恐縮なのですが、こちらも付けていただけますか」
差し出したヘアアクセを見て、エラが「これは……」と驚いたように息をつめる。
それからふわりと瞳を緩め、「もちろんです」と手に取った。
後頭部でパチリと軽い金属音がして、エラが鏡越しに私と目を合わせてくれる。
「やはり、とてもよくお似合いです、ティナ」
私が付けてもらったのは、以前、エラから贈られたバレッタ。
エラとのお茶会でしか付けたことがなかったけれど、今日は絶対にこの子を付けようと決めていた。
今日は、エラにとっても特別な日。
なぜなら大切な義弟として誠実に接してきたテオドールを策にはめ、対峙しなければならないのだから。
私は「エラ様に選んでいただいたものですから」と微笑んで、くるりと振り返り、直接エラと視線を合わせる。
「絶対に、認めていただきましょう」
エラは、面食らったような顔をした。
それから何かを決意したようにして、「正直申しますと、今日までずっと不安でした」と繊細な睫毛を伏せる。
「ティナの持つ力を皆が知ったのなら、様々な生徒がティナの側を望むようになるのは明らかでしたから。その中には純粋な想いもあれば、そうでないものも多いはずです。ティナの優しさを利用しようとする者もいるでしょう。わたくしは、ティナの温かく輝く笑みが雲ってしまうのが、一番に怖ろしかった。ティナの凄さはわたくしやヴィセルフ様のように、気が付いた者だけが知っていればいいと、そう思っていたのです」
ですが、と。
エラは私の手を掬い取って、晴れやかな笑みを浮かべる。
「ティナはそんな陰りさえ照らしてくれるのだと、すっかり失念しておりました。行きましょう、ティナ。皆さんに……テオに。"ティナ"を知っていただかなくては」
***
順調に賑わっているパーティー会場の一角。
生徒会専用となっているテーブルで、僕はジュースの入ったグラスを手に嘆息を飲みこむ。
(……特に動きはなし、のようだね)
テーブルに戻ってきているのは僕だけで、視線を少し動かせば、姉様とレイナス様、離れた場所ではヴィセルフ様にダン様と、二人ずつのペアで他生徒の相手をしているのが伺える。
(姉様は、彼女と行動するのかと思っていたのだけれどね)
会場に現れた時は、確かに隣には彼女を連れ立っていた。
だがしばらくすると、姉様はレイナス様と共にいた。
一時的に席を外しているのだろうと思っていたけれど……あれから、彼女の姿を見ていない。
(まさかとは思うけれど、逃げたなんてことはないだろうね)
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