第135話僕が姉様の"義弟"になれたのは

 これほどまでに自身の勝利を信じられるのなら、それ相応の動きがあって然るべきだ。

 なのに僕の観測範囲ではこの二ヶ月、他生徒の人気を集めようともがくそぶりは、いっさい見受けられなかった。


 どころか簡易なお茶会を開き、他生徒との交流を深めていた姉様やレイナス様とも同席していなかったし。

 休日はヴィセルフ様やダン様と、王城へ出かけてばかりいる始末。


(まさか、ヴィセルフ様に泣きつけばどうとなるとでも?)


 いや、だが。

 この目は紛れもなく、戦う者の目だ。


(パーティーは放課後。まだ時間はある。ここから一気に仕掛けてくるのか……?)


 やはり彼女には"何か"があるのかという期待と、どんな策を講じてくるのかという不安。

 その両方がないまぜになった胸中を悟られないよう、平時を装って放課後まで過ごしていたというのに。


「姉様は、なぜあんなにも彼女に心を許しているのだろうね」


 時間切れ。

 やはり彼女には、これといった動きは見受けられなかった。


「僕は認めない」


 吐き捨てるように言った僕の後方で、オリバーが肩をすくめる気配。

 彼女がオリバーの婚約者候補である点については、僕も承知している。それでも。


(認められるわけがない)


***


 姉様の不運は、生まれた時から始まっていた。

 生を受けたのが、ブライトン家でなければ。あるいは、女でなければ。

 他に男兄弟のひとりでもいたなら、状況は違っていたのかもしれない。


 だがいくら可能性をあげようと、今の姉様が救われることはない。

 可能性は、可能性でしかないのだから。


 姉様には不憫な話だけれど、この状況があったからこそ、僕は姉様の"義弟"になれた。

 なかなか子宝に恵まれなかったブライトン夫妻の、待望の子供。

 その子が女児であったことから"特別"な名を与えられた数年後、ブライトン家は将来の跡取りとすべく男児を探し始めた。


 条件は二つ。

 一つは子供が五歳未満であること。

 そしてもう一つは、どんなに遠縁でも構わないが、必ず"ブライトン"の血を引いていること。


「テオ! あんたが産まれてきたのはこのためだったんだね!」


 興奮気味に叫んだ両親が抱きしめてくれたのを、よく覚えている。

 幼い僕の記憶では、あの時が初めてで、最後だったから。


 僕の生家はブライトンとは何代も辿らなければ繋がらないほどの遠縁だったけれど、伯爵家として首都の一端に屋敷を構え、ブライトンの携わる事業の一部の末端を担っていた。

 僕の上に兄が二人。末の子として生まれた僕は青い髪と水色の目をしていたが、どちらも両親の持たない色だった。


 幸いだったのは、両親が互いの不貞を疑わなかったこと。

 不幸だったのは、両親が僕を"呪われた子"だとしたこと。


 物置部屋に押し込まれ、与えられるのは最低限の食事。

 両親の顔を見る機会はほとんどなく、小さな窓から時折見える姿に、あれが"父と母"なのだと理解していた。


 二人の兄は僕を"呪われた子"だと虐げ、わざわざ部屋に来ては暴れまわり、時には僕にも手を上げ。

 だけど、僕は呪われているから仕方ないのだと。


 世話をしてくれている使用人から「坊ちゃまがこの部屋にいることが、皆様にとっての最大の幸福なのです」と繰り返し教えられていた僕は、押し込まれるようにして与えられた兄のお下がりの本をひたすらに読みふける日々を送っていた。


 そんな僕が綺麗に洗われ、髪を整えられ。

 汚れもほつれもない真新しい服に袖を通して、ブライトン家に連れていかれたのが三歳の時。

 迎え入れてくれたブライトン公爵と姉様をひと目見た瞬間、衝撃を受けた。


 ――同じ、水色の瞳。


 三歳にしてすでに簡単な文字を読めていた僕は、その場で候補のひとりとして定められ、ブライトン家から多額の教育資金が支払われることになった。

 生家での扱いは一変。屋敷の一番いい部屋を与えられ、服を仕立てられ。

 食事もマナーの勉強になるからと、両親や兄たちと同席を許された。


 望んだ本は全て与えられ、週に二度、教師が来るようになり。

 知らない知識を得るたびに世界が変わるのが楽しくて、僕はどんどん貪欲に学ぶようになった。


 そんな僕を、兄たちは化け物を見るかのような目で見ていたけれど。

 せいぜい小さな声で嫌味を言ってくる程度で、それまでのように直接的な手出しはしてこなかった。

 正確には、出来なかったのだろう。


「まったく、お前は私達の誇りだ。しっかり学んで必ず公爵様に気に入られるのだぞ」


「母はあなたなら出来ると信じています。私の可愛い子」


 僕を褒め愛でる両親の姿が、「この子を害せば承知しない」と。一種の牽制になっていたのだろう。

 それを察せる程度には、頭があったということになる。

 ならばその頭をもっと、学びに費やしたほうが有益だっただろうに。


 四歳になり、五歳になり。

 大方の事情を理解できるようなった僕は、ますます勉学に励んだ。


 両親の偽りの愛が嬉しかったからではない。

 頭にあったのは、あのとき対面した同じ水色の目をした少女。


 彼女を"姉"とするのは。

 彼女が"弟"とするのは、自分でありたいと願っていた。

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