第134話期待外れの決戦日

「やーっと大好きなお姉様をお迎え出来るってのに、なんでそんなしかめっ面してんの? テオ」


 心底不思議そうにして、首を傾げるオリバー。

 彼の性格上、からかいの意図を含んでいるのかと思いきや、どうやら純粋な疑問だったらしい。


 最終チェックのためにとこの会場に赴いたのは、生徒会長である僕と、副会長であるオリバーだけ。

 他といえば忙しなく動き回る料理人と、学園の雇った使用人。

 姉様たちには一学年の誘導を割り当てているから、しばらくここに来ることはないだろう。


 昨年よりも色とりどりなフィンガーフードやプティフールの並ぶ料理台から視線を外し、生徒会室へと戻るべく歩を進める。


「期待外れもいいところだと思ってね」


 脳裏に浮かぶのは、今朝、生徒のいない食堂で出会った彼女。

 珍しいことに、周囲に姉様やヴィセルフ様たちの姿はない。


 僕の目的であった総料理長と話す姿はどこか親し気で、そういえば以前、総料理長に頼まれヴィセルフ様にメロンのババロアをお出しした際に、自分ではなく彼女に食べさせるべきだと断られたな、と過る。


(結局、彼女の感想が伝えられたのだっけ)


 僕の役目は果たしたからと、その後についてはあまり気かけていなかった。が、後日総料理長から、やや興奮気味に感謝を述べられたのだ。

 ヴィセルフ様から、実に有意義なお言葉を頂戴することができました。

 彼女が噂の王城料理長の秘蔵っ子で、"mauve rose"に並ぶお菓子の立案者だったのですねと。


(まったく、学園の総料理長は随分と人が良いようだね)


 ティナ・ハローズ。辺境の、貴族とはいえ裕福でもなければ、デビュタントに流行遅れのドレスで現れるような伯爵令嬢。

 貴族の中でも"やぼったい"少女に、目覚ましい菓子が生み出せるはずもない。


 いったいどんな手を使って王城の料理長に取り入ったのかは、わからないが。

 おおかた、料理長の発案に大したことのない意見を加え、自分の手柄のように見せているのだろう。

 菓子を作っているのは料理長や料理人で、彼女が自らその手で作り出しているわけではないというのが、なによりの証拠だ。


(ああ、一度姉様がお見舞いの品として、彼女の手作りだという菓子を貰っていたか)


 たしか……カスタードプリン。

 ヴィセルフ様主催のパーティーでも振舞われ、"mauve rose"でも小瓶が販売されるようになってからというものの、今では子供から大人まで愛好家が多い。


(とはいえ、姉様に贈ったカスタードプリンだって、本当に彼女が作ったのか怪しいものだしね)


 オリバーも、彼女が特別菓子作りを好んでいた記憶はないと言っていた。

 軽薄なように見えて、案外信用のおける男だ。嘘だとは思えない。


 先の見えない田舎貴族の、ひとり娘。

 どうせ目的は、有力貴族ひいては王家の人間に取り入ることなのだろうけれど。


(純粋な姉様は仕方ないにしても、まさかヴィセルフ様まで欺かれるなんて)


 これで彼女が目もくらむような美貌の持ち主だったなら、ヴィセルフ様が篭絡された理由も察せるものだけれど。

 顔を合わせた彼女はあまりに平凡。

 かといって話術に長けているわけでも、頭脳明晰なわけでも、魔力に溢れているでもない。


(まあ、いい。この学園には僕がいる。純朴な令嬢ごっこは、ここまでだ)


 すべては今日の交流パーティーで終い。彼女は姉様やヴィセルフ様といった、強力な後ろ盾を失うことになる。

 少々荒療治なのは否めないけれど、これも姉様のため。

 後になればなるほど、彼女の卑しい本性を知った姉様は傷ついてしまうだろうから。


(……学園に、"ブライトン"の目はないからね)


 安心してください、姉様。

 辛いのは初めだけ。"義弟おとうと"である僕が優しく慰め、彼女を失った寂しさ以上に、姉様を満たしてさしあげますから。


「っ! 会長!?」


 僕の姿に気が付いた総料理長と彼女が、あたふたと明らかな動揺を見せる。

 おはようございます! と背を伸ばした二人に、僕はゆるりと腕を組んで、


「まさかとは思うけれど、僕に隠れて不正を働こうって魂胆じゃないだろうね」


「ふふふ不正!? めっそうもありません!」


 ブンブンと首どころか両手も振って、必死の否定を見せる彼女。

 同じようにして総料理長も真っ青な顔で、


「パーティーの料理台について、最終確認をしていたんです! ティナ様は王城で働いていらした際に、王家のパーティーで料理台の監修を請け負っていらっしゃいましたから……!」


 あまりに情けない二人の姿に、僕は「冗談だよ」と嘆息交じりに返す。

 今日の結果は生徒の投票で決まる。

 仮に不正を働こうとしたところで、総料理長相手では何の意味もなさないと察せない僕ではない。

 僕は彼女の、数センチ下にある双眸を見据え、


「今日のパーティーで入会許可が多数にならなければ、約束通り、生徒会への参加はここまでだからね」


 途端、彼女は表情をくっと引き締めた。

 それまでの弱気な気配が鳴りを潜める。


「はい! この勝負、絶対に勝ってみせます!」


 僕の視線をまっすぐに受ける紫の瞳に宿るのは、確かな自信。

 微塵の不安も滲んではいない。


(いったい、何を根拠に)

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