第133話私にも野望があるのです!
だから、もう一度考えてみてくれ、と。ヴィセルフが、顔を上げて私を見る。
情けない、今にも泣きだしそうな赤い瞳。
ゲームの彼ならば絶対にしないであろう顔に、本当に、心から私が傷つくのを恐れているのだと。
(――でも)
「……お気持ちは、よくわかりました。それでもやはり、私は生徒会入りを目指したいです」
「っ! 身を削ってまで"生徒会"の肩書が必要なのか? それとも、あの男……オリバーが、いるからか」
ぐっと、きつく力を込められた掌。
私は「どちらも違います」と緩く首を振り、宥めるようにして微笑む。
「言ったじゃないですか。ヴィセルフ様やエラ様、ダン様やレイナス様と一緒に、楽しい学園生活を満喫したいって。あの程度の嫌がらせ、想定内ですよ」
「俺たちと過ごすことだけが目的なら、生徒会なんて――」
「駄目です。ヴィセルフ様には生徒会に属していただかなければ。そして生徒会長になられた暁には、私みたいな"ハズレ者"でもぽやーっと過ごせる学園にしていただきたいのです!」
途端、ヴィセルフは頬を引きつらせて、
「まさかとは思うが、妙に生徒会に拘る理由がそれか?」
「ふふ、しっかり"友人"の立場を利用しようとする程度には図太いですよ、私」
「……そうだったな」
嘆息交じりに苦笑するヴィセルフににこりと笑んで、私は「大丈夫です」とヴィセルフに掴まれた手を持ちあげる。
「無理はしません。逃げたくなったら、逃げます。それに、ヴィセルフ様もおっしゃっていたじゃないですか。貴族らしい振る舞いを身に着けるべきだって。……社交界に比べれば、学園での嫌がらせなんてかわいいものでしょうから。卒業して、いきなり上級ないびりを受けるよりも、今のうちから対処法を学んでおきたいって気持ちもありますし」
「そんなことまで考えてたのか……」
「これでも貴族の娘ですから。意識するようになったのは、ヴィセルフ様たちに良くしていただいてからですけれど」
私は「ともかくですね」と繋げ、
「今ならばヴィセルフ様がいますし、皆様も助けてくださいます。学園に入学させてもらえたことで、卒業後のことを考える時間も出来ました。今のうちに、めいっぱい思うままにやりたいんです。ですのでヴィセルフ様、"親しい友人"として、これからもお力を貸してください!」
ヴィセルフは面食らったようにして丸めた目を、ぱちぱちと瞬いて。
それからふと、瞳を緩める。
「わかった。俺も腹をくくる。せいぜい俺サマをいいように利用しろ」
「そのお言葉、忘れないでくださいね」
指切りさながら繋がれた手を上下に振ると、ヴィセルフが「忘れるワケねーだろ」と肩をすくめる。
(よかった、機嫌なおったみたい)
漂う雰囲気には、入室した時のようなとげとげしさはない。
あるのはよく知った、少し懐かしくもある、穏やかな心地よさ。
(いくらエラを守る防波堤とはいえ、私が怪我なんてしたら心優しいエラが気にしちゃうもんね)
全てはエラのため。
私を生徒会に入れるが有効か、否か。きっと、すっごく悩んでくれたのだろう。
気分は今すぐエラに、ヴィセルフは!!!! こんなにも気遣いが出来るようになりました!!!! って、祝パネルでも持って全力アピールをしたいところだけれど。
「ヴィセルフ様。ひとつ、お願い事があるのですが」
「なんだ?」
「先ほどのク……いえ、私にぶつかってしまったご令嬢ですが、けして罰したりなどしないでください」
途端、ヴィセルフは嫌そうに顔をしかめて、
「やられっぱなしで黙っていろっていうのか」
「黙っているもなにも、あの方が故意に私にぶつかったという証拠はありません」
「状況を見れば一目瞭然だろーが!」
「なりません。主観だけでは、誤った判断を導いてしまう可能性があります。エラ様からいただいたデザートを食べ損ねた恨みはありますが、怪我もありませんでしたし、下手に騒ぎ立てて計画に支障が出ても困ります。このまま沈静化を図りましょう」
「…………」
黙ってしまったヴィセルフの表情からは、不満がありありと見て取れる。
けれどこれは、承諾の沈黙だ。不本意ながらも受け入れてくれたのだろう。
ヴィセルフに近しい位置でお世話をしていた経験は、こういう時に役に立つ。
(これで、クレアはひとまず安心と)
学園生活は始まったばかり。
もしかしたら、また王城で働いていた頃のように話せる時がくるかもしれない。
その時に、聞いてみよう。
入学までの間に、なにがあったのか。
私にぶつかったのは、事故だったのか、わざとだったのか。
「ヴィセルフ様」
私は決意に、ヴィセルフの両手を互いの顔の位置まで上げた。
「この勝負、ぜったいに勝ちましょうね!」
このままテオドールの計画通り、エラを奪われるわけにはいかない。
気合十分で見上げた私に、ヴィセルフはニヤリと口角を吊り上げた。
今だ握られたままの掌に力が込められる。
「当然だ。ティナには俺がいるんだって、存分にわからせてやらないとな」
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