第132話王子様は生徒会入りを阻みたい
「それでもやっぱり、費用は高くついちゃうでしょうから……。あ、学食のセットメニューのデザートを選択制にするのはどうでしょう? 今日のように通常はイチゴのババロアにしておいて、希望者にだけ先着順で、料金に少し上乗せした金額で提供するんです。そうすれば学食の通常メニューほど大量に作る必要もなくなりますし、食べている姿が他の生徒への宣伝にもなります。この学園に通っている生徒の多くは有力貴族の出身ですし、うまくいけば、王都でも話題になるかもしれません」
(でもなあ、そもそも学園の学食予算がそう何個もメロンを買えるほどあるのかな……)
仕入先はどうなっているんだろう。
まとまった数を購入するのなら、直接生産者のところで契約したほうが割安になるかもだし。
ううん、ここは前世とは違うから、その土地を所有している貴族に話を……。
「――ぶっ、はは!」
突然笑い出したヴィセルフに、ビクリと肩を跳ね上げ彼を見る。
と、ヴィセルフはひとしきり笑ったあと、指先で目尻を拭いながら、
「やっぱ期待を裏切らねーな、ティナ」
「え……と、お褒めいただいている認識でよろしいでしょうか」
「ああ。それも、とびっきりな」
ヴィセルフはソファーに背を付け、
「俺なんかに食わせるより、よっぽど有益な"感想"を得られるってのに。頭の固いやつは惨めなもんだな」
(おお……ゲームのヴィセルフが聞いたら、グサッときそうなセリフ)
「ティナ」
ヴィセルフは居住まいを正して、私の顔を覗き込む。
距離が近い。けれどその真剣な眼差しに、逃げたくなる腰にぐっと力を込め、彼を見つめ返す。
「なんでしょう」
「生徒会入り、今からでも止めていいんだぞ」
「…………へ?」
予想だにしなかった言葉に、困惑の声が漏れる。
ヴィセルフはひょいと私からグラスとスプーンを取り上げると、机に置き、空になった私の手に指を絡ませてきた。
(え、なになに!?)
引き上げた私の手を、ヴィセルフが険しい顔で凝視する。
指の位置を変え、角度を変え。
しばらくそうしてから、はあ、と深い息を吐きだした。
「ガラス。触ってねえってのは、嘘じゃなかったみてーだな」
(あ……もしかして、傷がないか確認を?)
「疑ってらしたんですか?」
「少しな。……あの場にはアイツがいたからな。ティナのことだ。たいしたことねえ小傷程度なら、誤魔化しちまうだろ」
そんなことは、と言いかけて飲み込んだ。
ヴィセルフの言う通り、エラに止められる前に触れて、よく見ないとわからない程度の小傷を負っていたとしたら。
確かにあの場では、平気だと答えていただろう。
「本当に、エラ様が即座に止めてくださったのです」
「そもそも触ろうとするな」
「それは……そう、なんですが。思っていた以上に、侍女の仕事が性に合ってたみたいで」
反射のようなものだと言外に含めると、ヴィセルフは呆れたようにして、
「ティナは学園生活の間に、貴族らしい振る舞いを身に着けるべきだな。使用人を使う立場になったら、主人が率先して割れ物に触れるなんて、周りが卒倒ものだぞ」
「おっしゃる通りで……」
(って、確認が済んだのなら手はもう離してくれていいんじゃ?)
「あの、ヴィセルフ様。手を……」
「だめだ」
ヴィセルフはぎゅうと私に絡めた指に力を入れる。
「目に見える怪我はねえが、ティナが傷ついたのは事実だろ」
「っ!」
跳ねるようにしてヴィセルフの顔を見る。
彼は私の指先に視線を落としたまま、眉間に深い後悔を滲ませて、
「王城ではまだ、俺の名のもとティナを守れた。だが……学園では、そうはいかねえ。これからも、こうした悪意を向けられるはずだ。"生徒会"という学園内での権力がティナを守るってテオドールの話も、一理ある。が、ああした奴らに余計に火をつけることになる可能性も否めねえ」
「ヴィセルフ様……」
「さっきのティナの"感想"。総料理長にティナの案として、そのまま伝えるつもりだ。総料理長はお前の才能に気づくだろう。そしてそれは厨房に、次に食べた奴らに。波のように広まって、ティナの凄さはじきに周知の事実になる。テオドールの口車に乗せられて、悪趣味な課題など受けずともな」
いいか、ティナ。
ヴィセルフは握る私の指にぐっと力を込め、
「"生徒会"なんてお飾りがなくとも、ティナは必ず認められることになる。……たかが
「!」
怒っているような、やるせないような。
胸を圧迫されているかのごとき苦し気な表情に、私の心臓が飛び跳ねる。
そんな私の動揺に気づいていないのか、ヴィセルフは祈るようにして私の手に額を寄せると、
「許せねえくせに、手放せないんだ」
「――っ!」
「ティナ。少しでも安全な道を選ぶなら、生徒会は諦めろ。俺の隣はいつだってティナのもんだ」
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