第131話メロンのババロアが"美味しすぎる"のです
この世界では初めてお目にかかるそれに、お皿を持ちあげて様々な角度から観察してしまう。
鼻を寄せれば香るのは、たしかに爽やかながらみずみずしい果実のあの香り。
(え? まさか料理長が試作品を持ってきてくれたとか……!?)
でも、進行中の案にメロンのババロアなんてなかったはず。
と、ヴィセルフは私の隣に腰を下ろし、
「作ったのは学園の総料理長だ」
「が、くえんの……?」
「ティナが考案したイチゴのババロアに衝撃を受けたらしい。俺の誕生日パーティーでアレを食った時から、どうしてもコイツを作りたかったんだと。それで、やっと完成したこれの完成度を確認したく、テオドールを通じて俺に試食を頼んできたんだ。つっても、俺は菓子の開発には手を出してないからな。俺に食わせたところで、期待する感想は返してやれない。意見がほしいのなら、イチゴのババロアの考案者であるティナに渡すべきだとテオドールに言って、置いておいた」
「……テオドール様は、了承されたのですか?」
「コイツが残したままだったってことは、そうなんだろうな」
「か、勝手に食べてしまっていいのでしょうか……?」
「構わないだろ。どうせ、あいつはお前に頼み事など出来ないだろうからな」
ヴィセルフは小馬鹿にしたように鼻をならして足を組み、
「食いたくねえか?」
「いえ! ありがたくいただきます!」
お皿を机に置いて、乗せられていたデザートスプーンとグラスを手に取る。
(メロンのババロアなんて、前世でも数えるくらいしか食べたことないかも……!)
慎重に、今度は落とさないようにと気を付けながら、ひとすくい。
ドキドキと鳴る心臓に期待を高めながら、はくりと口内へ。
「…………」
「……どうだ?」
ごくん、と咀嚼した私は、じっとグラスの内に残る薄緑を見つめながら、
「ヴィセルフ様。ひとつお尋ねしたいのですが、総料理長はこのババロアをどうしたいのでしょうか。単純に料理人の興味としての、私的な作品ですか? それとも……なにかしら、実用化をお考えで?」
「……勘は鈍ってねえみたいだな」
ヴィセルフはどこか嬉し気にニヤリと口角を吊り上げ、
「初めは前者だったみてえだが、俺に食わせようとしてきたくらいだからな。明確な意図は聞いてねえが、まあ、そういうことだろ」
「……美味しい料理を生み出したのなら、誰かに――出来るだけ多くの人に食べてもらいたいと考えるのは、王城の料理人たちと同じですね」
王城でお世話になった彼らの姿が思い浮かんで、懐かしさに頬が和らぐ。
それから私はもうひとくちを咀嚼して、スプーンをお皿に置いた。
「おいしいです、とても。ババロア自体の甘さが控えめなぶん、メロンの持つみずみずしい甘さが濃く感じられますし、ふるりとした食感も合わさって、とても食べやすいです」
ですが、と。
私は眉間に力が入るのを感じながら、
「その……"美味しすぎる"のではないかと。いえ、素晴らしいことなのですが、これだけ果実の味をはっきりと感じられるほどだということは、メロンをたっぷり使われているのだと思うんです。このババロアをお出しするとなると、潤沢な資金を持つ王家のパーティーや上級貴族の晩さん、それかアフタヌーンティーが精一杯ではないでしょうか」
私は「それでも良いのなら、素晴らしい出来だと思うのですが……」と続け、
「もったいないと思うんです。こんなに美味しいスイーツなのに、一部の上流貴族の、さらに一握りの方々だけの楽しみとして据え置くのは」
「……ティナは"mauve rose"の菓子を作る上でも、大衆性を大事にしているしな。俺の見る限りでは、料理長も"mauve rose"の菓子には俺に出したモノに、ひと工夫加えていることが多い。ティナと同じ考えを持っているんだろう」
「だと思います。料理長も、料理人さんたちも。王城の厨房の方は、誰かに食べてもらうことに喜びを感じる方が多いですから。……"mauve rose"では、価格という数字がでてしまいます。私もですが、やっぱり"美味しい"だけを突き詰めるわけにはいきませんから」
美味しいものをその手で生み出せるというのは、料理人にとって最高の喜びなのだろう。
そしてその美味しさに価値を見出す人は、必ずいる。
届けたい相手がその人達なら、このメロンのババロアは間違いないなく賞賛されるに違いない。
けど。
「もしも総料理長がこのメロンのババロアをもっと大勢に届けたいのなら、改良が必要だと思います。たとえば……混ぜ込む果肉の量を減らして、上部にメロンゼリーを重ねてフレッシュさはそちらでキープしてもらうとか。なんならいっそ別の……ヨーグルトのムースなどと二層にして、ボリュームは保ちつつも費用を抑えるなんてどうでしょう」
たしか、前世で有名だったフルーツパーラーのババロアに、二層仕立てのものがあったような。
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