第130話王子様に連行されました

 ゲームと同じ性格をした"こちら"が、本当の彼女なのだろうか。

 私は今まで――騙されていたのだろうか。


(でも、本心だって言ってくれてた)


 私らしさを無くさないでほしい、と。

 "何があっても"、それがクレアの本当だから、覚えていてほしいと。

 そう願ったクレアに、私は忘れないと約束した。


(だから、私はクレアを信じる)


 でも――。


(いったい、何があったのクレア……!)


 ゲームの強制力というのは、人格を変えてしまうほどに強力なのだろうか。

 だとしたら、いずれはヴィセルフも――。


「何事だ!?」


「! ヴィセルフ様!? ダン様にレイナス様も……っ!」


 テオドールたちとの話し合いが終わったのだろうか。

 焦った表情で駆け寄ってきたヴィセルフが、私の足元の惨状に気づきぴたりと歩を止めた。刹那。


「ヴィセルフさま……っ!」


 風に揺れた柳のごときしなやかさで、クレアがヴィセルフにしなだれる。


「申し訳ございません……っ! 今朝から体調が優れず、よろけてしまいますの。先ほどもあのように、ぶつかってしまって……」


 なまめかしくヴィセルフを見上げるクレアの目尻から、つうと涙が一筋落ちる。


(な、なんてお色気……! 私ですらぐっとくるんですが!?)


 先ほどまでの好戦的な態度が嘘のよう。

 唖然とする私の隣で、エラからも戸惑いの気配が伝わってくる。


(ううん、これはもしかして)


 他の女性を胸に受けるヴィセルフの姿に、ショックを受けているのかも……!


(早くクレアをなんとかしなきゃ!)


 幸い、ぶつかられたのは私で、エラは小言を言われただけだ。

 ヴィセルフへの報告は、後でもできる。

 周囲の目も集まってきているし、エラがこれ以上ショックを受ける前にも、ヴィセルフとクレアを引き離さないと!


「ヴィセ――」


「離れろ」


「!?」


 低い声で告げたヴィセルフが強引にクレアを引き剥がし、「レイナス」と呼ぶ。


「わかってるな」


「仕方ありませんね。ご令嬢、僕が医務室までお連れします。お手をどうぞ」


「わ、私はヴィセルフ様にエスコートいただきたいですわ……! ね、よろしいでしょう? ヴィセルフさ……」


「あ? なんで俺が行かなきゃならねえ」


「!」


 ヴィセルフはクレアを一瞥すると、スタスタとこちらに歩を進めてきて。

 エラに寄り添うのかと思いきや、私の頬を両手で包み視線を合わせてきた。


「ティナ、怪我は」


「あ……っ、ありません」


「本当だろうな。割れたガラスを片付けようとして触ったんじゃねえか?」


(バッ、バレてるーーーーー!?)


「いえっ! その、エラ様が止めてくださったので触っていません!」


「ふん、ちったあ役に立ったみたいだな」


 ヴィセルフがエラを横目で見たのは一瞬。

 その流れのまま「ダン」と発すると、ダンが「ああ」と頷いて、


「人を呼んでくる。エラ嬢、ここの見張りを頼まれてくれるか。詳しい話はその後に」


「……ええ。お願いいたします、ダン様」


「あのっ、ダン様! 人を呼ぶのなら私が――っ」


「ティナ、お前はこっちだ」


「あわっ!?」


 間抜けな声が出てしまったのは、ヴィセルフが私をひょいと横抱き――"お姫様抱っこ"をしたからだ。


「え、な……!? ヴィセルフ様なにを――っ」


「黙ってろ」


「はいっ!」


 即座にいい返事をして大人しくしてしまったのは、ぎろりと見下ろす視線に恐怖を覚えたから。


(め、めちゃくちゃ怒ってるーーーー!?)


 いまにも周囲を燃やし尽くしそうな怒りのオーラに、集まっていた生徒たちが怯えてさっと退き、道が出来る。

 その道を堂々と歩みゆくヴィセルフの腕に揺られながら、気分はさながらライオンの檻に入れられた小動物といったところ。


(これはあれだ……どうしてエラを守れなかったのかって、お説教されるやつだ……!)


 エラには怒った姿をあまり見せたくないのだろう。

 だから爆発しそうな怒りを必死におしとどめて、私を運んでいると。


(ひとまず降ろしてもらったら、即座に土下座を……!)


 震えてしまいそうになるのを必死に押しとどめながら、連れてこられたのは生徒会室。

 テオドールとオリバーの姿はない。私とヴィセルフの二人きりだ。

 ヴィセルフは私をそっとソファーに降ろすと、


「座ってろ。絶対に動くなよ」


「は、はい!」


(こ、これじゃあ土下座が出来ない……っ!)


 姿勢良く座する私に「よし」と満足そうに頷いて、ヴィセルフが併設されている給湯室に消えていく。


(怒ってる……わりには、丁寧におろしてくれたような)


 怯えて話をしなくなったら、元も子もないからとか?

 でも、ヴィセルフなら私が怖がって話せなくなるなんてあり得ないって、わかっていそうなものだけど……。


 頭に疑問符を浮かべていると、ヴィセルフが戻ってきた。

 慌ててピシリと背を正す。と、「ん」と目の前の机に小皿が置かれた。

 その上に乗っているのは、薄緑色の中身が透けたデザートグラスと、小ぶりなデザートスプーン。


「……えと、ヴィセルフ様。これは……?」


「メロンのババロアだ」


「メロンのババロア!?」

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