第129話悪役令嬢の洗礼
ぽつり、と。エラが自身の食事に視線を落として、呟いた。
「……この国のババロアも、ティナのおかげで随分と華やかになりましたね」
見ればエラの注文していたセットの本日のデザートは、イチゴのババロアらしい。
透明なデザートグラスに、ピンクのババロアとカットされたイチゴがコロコロと飾られている。
(元々この世界のババロアは、シンプルなカスタード味だけだったもんね)
それを王城の料理人たちに頼んで、イチゴのババロアを作ってもらったのだ。
最初はエラやレイナスとのお茶会に。その後、ヴィセルフの誕生祝いパーティーで振舞われた。
料理長が「これは絶対にすぐ流行する!」って豪語していたけれど、まさか学園にまで採用してもらっているなんて。
「後で料理長に、手紙を出してあげないとですね」
手紙を読み、ほらみろ! と他の料理人たちに胸を張る料理長の姿が思い浮ぶ。
思わず笑みを零すと、エラは慈愛に満ちた瞳を緩めて、
「ティナ、よろしければこちらの苺のババロア、召し上がりませんか?」
「え!? いえいえ駄目です! エラ様のデザートなんですから、エラ様が召し上がってください……!」
受け取れないと首を振る私に、エラは「ティナに差し上げたいのです」と諭すような柔らかさで、
「わたくしは心苦しかった時に、ティナのお菓子に救われました。このババロアは私が作ったものではありませんが、ほんの一時でも、ティナの心を休めてさしあげたいのです」
「エラ様……」
エラの心優しさに、じん、と心が震える。
ここまで熱烈な気遣いを告げられて、断れる者がいるだろうか。いるはずがない!
「ありがとうございます、エラ様。では……お言葉に甘えて、いただいてもいいですか?」
「はい! 受け取ってくださってありがとうございます、ティナ」
(ああーーーーー、もうかっわいいなあーエラ……っ!!)
ぱああという擬音が見えそうなほどの心底嬉しそうな笑みに、独占してごめんヴィセルフ……っ! と一瞬だけ胸中で謝罪して。
ありがたくババロアの入るグラスを受け取った私は、エラの厚意も一緒にいただく心地でスプーンを手にした。
スプーンを差し込み、ふるりとした薄ピンクのババロアとカットされたイチゴをひとつすくう。
そっと口へ運ぼうとした、その瞬間――。
「わっ!?」
ドンッ! と背に走った衝撃。
拍子に、私の手から滑り落ちたグラスが床を叩き、ガシャンと嫌な音をたてた。
ぐしゃりと歪んだ薄ピンク。スプーンに乗っていたはずのババロアとイチゴも、当然のごとく机に落ち、無惨に散っている。
(エラがくれたババロアが……っ!)
ショックを隠せないまま、背後を振り返る。と、
「ごめんあそばせ」
「!」
扇子で口元を隠し私を見下ろすその人に、ヒュッと喉が鳴る。
(クレア……っ!?)
クレアが、私にぶつかったの?
間違いない。間違いで、あってほしいのに。
「ティナ! 怪我はありませんか? 制服に汚れは……っ」
「あ……エラ、様。すみません、平気です」
駆け寄り視線を合わせてくれたエラに、ドクリドクリと跳ねる心臓の前で手を握って、なんとかへらりとした笑みを作る。
「すみません、せっかく頂いたのに。すぐに片付けますね」
「いけません、ティナ!」
エラは真っ青な顔で私の腕を掴み、
「触ってはなりません。手が切れてしまいます。人を、呼びましょう」
「あ……」
エラは私が手を引いたのを確認すると、ほっと息をつき、
「ティナはここで待っていてください。わたくしが呼んできますので――」
「あら、お片付けは得意でしょう? 使用人だったのですから。靴が汚れる前に片付けてくださる?」
「!?」
小馬鹿にした物言いに、信じられない気持ちでクレアを見上げる。
彼女は涼しい目元で優美に弧を描いて、
「学園への入学が許されたのだって、ヴィセルフ様の"使用人"だからでしょう? ならばきちんと勤めを果たしてくださいな」
「あ……わ、たし、は」
「……っ! ティナへの暴言はわたくしが許しません。ティナの入学が許可されたのは、ヴィセルフ様とは関係なく、その功績が認められたからです」
「"表向き"は、そうでしょうけれども。学園側の心内まではわかりませんでしょう?」
クレアはぱちんと扇子を閉じ、
「エラ様、心優しいのは美しきことですけれども、お付き合いなさるお相手は選ばれるべきではありませんこと? あなた様は他でもない、ヴィセルフ様のご婚約者様なのですから。ご自身の一挙一動がどれだけの生徒に影響されるのか、もっとご自覚くださいな」
(あ……このセリフ、知ってる)
たしか、ゲームでクレアことクラウディアがエラに嫌がらせをした際に、使っていたセリフだ。
悪役令嬢。改めてその言葉が、胸にずんと響く。
(私が今まで見てきた"クレア"は、演技だったってこと……?)
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