第128話睡眠不足には慣れております
なにかに追われている毎日というのは、あっという間に過ぎゆくもので。
気が付けば作戦会議をしたあの日から、三週間が経っていた。
私はというと、ひとまず仮メンバーとして、ヴィセルフやエラ達と一緒に生徒会を出入りさせてもらっている。
主な業務は雑用。資料を整理したり、消耗品を補充したり、お茶を淹れたり……。
なんだか侍女の仕事と似ていて、ほのかな安心感を覚えてしまっていたりするのだけれど。
どうにもちょくちょくやりにくいのは、私に塩対応なテオドールが気になるからじゃなくて……。
「ティーナ。かわいいお嬢様のお茶はオレが淹れてあげんね」
「結婚したらこんな風に、二人で書類整理したりすんのかなあ?」
とまあ、とにかくオリバーの圧が重い……っ!!!
彼の性格上、何を言おうと「空に雲が浮いてるね」的な雑談同様のものだってわかっているから、私も真には受けずにさらっと聞き流せるのだけれども。
オリバーがこうして私をからかうたびに、テオドール以外の皆の空気がピリピリとして……。
正直、息苦しい。
特にヴィセルフの不機嫌っぷりが、群を抜いていて。
そのたびに彼のご機嫌取りが、まあ大変なこと大変なこと。
(ま、ヴィセルフが過剰反応するのも、理解できるけどね……)
オリバーは女生徒からの人気も高い。
つまりそれだけ、ご令嬢の扱いに慣れているということだ。
レイナスも女性の扱いには長けているけれど、やはり隣国の王子という立場に準じた振る舞いをとっている。
けれどもオリバーは、貴族ではない。
ゲームでもダンやレイナスとは違い、ヴィセルフへの遠慮もあまりなかった記憶があるし、実際、生徒会を通じて見ていても彼はとにかく自由だ。
そんな彼が、本気でエラに狙いを定めたのなら。
(オリバーを牽制するにも、キャロル商会を敵に回すわけにはいかないもんね……)
もしも反発されて、貿易を止められでもしたら。
私はあまり詳しくないけれど、王家への献金だって、そうとうな額を納めているはずだし。
つまりオリバーは、ゲームとは違ってエラを好いている今のヴィセルフにとって、厄介な相手なのだ。
そんなオリバーがいつ、私を介してエラへのアプローチを始めるか。
気が気でないのも、当然なわけですよ。
(うっかり私がオリバーに絆されて、エラとの仲を取り持とうとしないか心配でしょうがないんだろうなあ)
安心して、ヴィセルフ。
私はちゃんと防波堤の役目を全うしてみせるから!
***
お昼の時間。
いつもはヴィセルフやダン、レイナスにエラと大所帯で食堂を利用しているけれど、今日はテオドールやオリバーと話があるからと男性陣は不在で。
(今日はエラを独占だー!)
ごめんねヴィセルフ! と内心で謝罪しつつ、うきうき気分でエラと共に席を確保し、たわいもない会話を交わしながら食事を進めていく。
エラと二人きりの時間は穏やかだ。
穏やかすぎて、なんだか心地よい眠気がこんにちはしてきたような……。
「ティナ、大丈夫ですか?」
「へあっ!」
ぱちっと目を開いた私の対面で、エラが心配そうに眉尻を下げる。
「眠る時間が、あまりとれていないのではありませんか? 近頃、時折ふらついているように見えますし、目の下に隈も……」
私はぎくりと心臓を縮めながらも、へらりと笑い、
「平気です! 確かにちょっと睡眠時間は減りましたけど、こうしてがっつりご飯が食べれるくらい、ちゃんと元気もありますし!」
腕を曲げ力こぶを作るポーズをとる私に、エラはまだ心配そうな眼差しで「ですが……」と口ごもる。
それから躊躇いを飲み込むようにして、にこりと微笑んだ。
「無理だけはしないでくださいね、ティナ。わたくしが代われそうなお仕事がありましたら、なんでもおっしゃってください」
「ありがとうございます、エラ様」
はー、やっぱりエラは優しい。最高の癒し。
その笑顔を見ながらこうして一緒にご飯を食べてもらえてるだけでも、削りに削られていたHPがぐんぐん回復していく気がする。
(すでにエラには充分動いてもらっているし、計画の後半なんてほとんどエラに任せる形になっちゃうし……)
そもそも、私の自業自得でもあるのだ。
テオドールとの勝負を受けたのは私。
そもそも入学なんて出来ると思っていなかったから、これまで最低限のマナー以外はほとんど学んでこなかったのも私。
ヴィセルフの「いったんは料理長に任せておけ」という気遣いを蹴って、"mauve rose"の新商品開発に口出しをさせてもらっているのも、私。
(だって思ついちゃったし、せっかくのチャンスだし)
上手くいけば、想像以上の利益が生まれるかもしれない。
機会は最大限に生かさないと、もったいないしね……!
(ともかく、計画通り進んでいけば、このあと私の出番はぐっと減る)
今が踏ん張りどころ。ゴールも見えているし、多少の睡眠時間が削れたからってなんてことない。
前世ではもっと寝てない日がしょっちゅうだったしね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます