第127話不意打ちのトキメキイベントは防げません

「ティナのお見立て通り、わたくし、お茶会には自信があります。……わたくしがこれまでしてきたことは、けして無駄などではなかったのだと。今ほど"ブライトン"の名に感謝したことはありません。必ず成功させましょう、ティナ」


 キラキラと眩い聖母がごとき微笑みに、つい、くらくらと魅了されてしまう。

 なんだかエラの美麗っぷりの威力が増したような。ゲームの本編が始まったから?

 ともかく、こんな圧倒的聖女の協力まで得られるなんて。


「ありがとうございます、エラ様!」


(この勝負、始まる前から勝ったも同然……っ!!)


 あまりの尊さに拝みたくなる衝動をぐっと耐え、「ティナー、確認してくれー」というダンの声に慌てて机上に意識を戻す。

 ダンに筋道を立ててもらいながら計画の詳細をつめていると、ふと、先ほどからどうにも大人しいヴィセルフに気が付いてしまった。


 不思議に思いながらちらりとその顔を盗み見ると、眉間には明らかに不機嫌な皺。

 どうやらエラの笑みに見惚れて思考停止していたわけではないらしい。

 エラがダンやレイナスと仲良く話し合っているのが気に入らないのかとも思ったけれど……たぶん、これは。


(いくら私が生徒会にいればエラの防波堤になるからって、ここまで面倒事を押し付けられたら嫌だよねえ)


 得るものと比較して、かける労力のほうが大きいのだろう。そりゃそうだ。

 だってヴィセルフはこの国の王子だし、すでにエラの婚約者でもある。

 その気になれば"私"という小細工を使わなくても、自分の持つものだけで環境を整えることだって出来るだろう。


 それでもそれをしないのは、私に許した"友人"という立場を最大限に尊重してくれているからだ。

 ゲームの彼とは違う。目の前は彼は、ちゃんと他者を慮ってくれる人だから。


(ごめんね、ヴィセルフ)


 罪悪感に痛む胸の前で、ぎゅっと小さく掌を握りしめる。


(今回の計画には、どうしてもヴィセルフの"権力"がないと)


 愛しいエラとの幸せな未来のためにも、今回ばかりは我慢して……!


「あの、ヴィセルフ様」


 隣にすすすとよった私は、ヴィセルフを見上げて「すみません」と口にする。


「せっかく"友人"としてくださったのに、ヴィセルフ様のご厚意を踏みにじることになってしまって……」


「あ? なにを急に……」


 ヴィセルフは怪訝そうに眉をひそめたけれど、すぐに「ああ、違え」とどこか気まずそうに手を首に遣る。


「勘違いしているみてえだが、俺はティナに使われるぶんには文句はねえ」


「へ? ですがお顔が、その……」


「……俺がイラついてんのは、別の件だ」


 ヴィセルフはチラリと私を見遣ってから、「あー……」とバツが悪そうに視線を外して頭を掻く。


「ティナが、まだ悩んでんじゃないかと思ってたんだ。どうやったら背を押してやれるのか、アレコレ考えてたんだが……。そうだよな。ティナが大人しくしょげてるわけがねえ。そんな当たり前のことを忘れてた自分に腹が立つっつーか、微塵も助けになれなくて情けねえっつーか」


 ともかくだな、と。

 ヴィセルフは吹っ切れたようにして私を見下ろし、


「ティナに振り回されるのが嫌なわけじゃねえ。むしろ、俺を振り回してこそのティナだろーが。必要なお膳立てはしてやるから、やりたいようにやってみろ」


 ヴィセルフが、軽く曲げた指の裏で、こつりと私の額をたたく。


「俺サマをこき使えるのはティナだけだからな。忘れるなよ」


 仕方なさそうな、くすぐったそうな瞳で、ヴィセルフがにっと口角を吊り上げた。

 私は一瞬息をつめるも、ぺこりと頭を下げて、


「……、本当に、感謝しています」


「ったく、そうホイホイ頭を下げんじゃねえよ。俺の隣に立つんだろ」


 私の後頭部に、優しい掌の感触。

 けれどそれはほんの一瞬で、離れた感覚を追うようにして顔を上げた。

 と、視線の交わったヴィセルフは嘆息交じりの笑みを残し、「ダン、俺サマを無視して進めてんじゃねえぞ」とダンの側に歩を進めていく。

 残された私はというと……。


(び、びっくりしたーーーーーーーっ!!!!!)


 ドッドッドと激しく胸を打つ心臓に、私は心内でぺしゃりと潰れる。

 ヴィセルフ、あんな表情出来たんだ?

 ってか、なんか今の一連の流れ、めちゃくちゃ乙女ゲームのイベントっぽくない!?


(え? まさかヴィセルフも攻略対象キャラに格上げされた!?)


 ううん、ここはゲームであってゲームの世界とは違う。

 これはあくまでヴィセルフ自身の成長であって、設定やらシステムやらに影響された結果ではないはずだ。


(やるじゃん、ヴィセルフ……っ!)


 ダンやレイナスと違ってゲームでの予習がなかったぶん、不意打ちの"乙女ゲームっぽい"状況にはどうにも動揺してしまうというか、防御のしようがないというか。


(どちらにせよ、私相手じゃなくてエラにやらないと意味がないのだけれどね!)


 あーでも本命相手じゃまだ気恥ずかしさが勝っちゃうかな……。

 まずは私相手で経験値を積んでから、本番にばーんと決めるのは確かに有力で――。


「おい、ティナ。余計な妄想に浸ってないで、こっちの話をちゃんと聞け」


「!? 失礼しました!」


(なにはともあれ、まずはこっちの作戦を成功させないと)


 テオドールの態度から察するに、私が生徒会入り出来るなど、万が一にもあり得ないと思っているのだろう。

 けれども残念。大事なことを見落としている。

 こちらには参謀長も真っ青な、最強で最高に心強い仲間が四人もついているんです!


(そう簡単に、エラを渡しなんてしないんだから……!)


 気合を入れなおした私は思考を切り替えて、机上の作戦を現実のもとすべく会議に集中したのだった。

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