第126話名付けて懐に入り込んでしまおう作戦です!

「ということで、以上が名付けて"ひっそりこっそり懐に入り込んで手放せなくなってしまおう"作戦の概要になります!」


 三日後。ガイダンスが主体だった授業を終えた放課後。

 作戦会議と銘打って温室に集結したヴィセルフにエラ、ダンとレイナスに向けて、私は勢いよく頭を下げた。


「皆さんのお力を貸してください!」


 四人は当然のように面食らっていて。

 それでも机上に広げた、睡眠時間を削って必死に書き綴った計画書に再び目を通すと、心強い笑みで了承を返してくれた。


「いやあ、作戦名を聞いた時は、ティナを全力を止めないといけないかと思ったけれど」


 苦笑交じりに頬をかくダンに、「まったくです」とレイナスが同調する。


「入学早々、隣国とはいえ王族のありとあらゆる権力を使う事態にならなくて安心しました」


「レイナス、テメエ……ふざけた真似をしやがったら、承知しねえからな」


「そういうヴィセルフこそ、随分と焦った顔で我先にと計画書を読んでいましたが。"勘違い"という点においては、人のことを言えた口ではないのでは?」


「な! それは……っ! ティナがいったいまたどんな突拍子もないことを考えてきたのかと思ってだな……!」


「えと……今回の作戦名、そんなに変でしたか……?」


 よくわからないけれど、この作戦名はどうやら不評らしい。

 恐る恐る訊ねた私に、エラが「いいえ、ティナの意図が分かりやすく反映されているお名前かと」と、安心させるようにして微笑んでくれる。


 と、ダンが「それにしても、さすがの視点だな、ティナ」と感心したように顎先に手を遣り、


「ティナの言う通り、個人の好き嫌いっていう感情面に働きかけるより、認めざるを得ない状況を作ったほうが効率的だし確率も上がるのは確かだ。よし、今のうちにこれからの動きを詰めておくか。それなりに大掛かりな計画だから一気に始めないと間に合わなくなるし、仕掛けるのは少しでも早いほうが良いだろ」


「ありがとうございます、ダン様。お力をお借りします」


「ああ、ティナのためにも全力を尽くさないとな」


 にっと頼もしい笑みに、私は安堵の息をつく。

 目的を達成するためのスケジュールをたて、必要な人員を割り出し、動かす。

 そうした人員の指揮において、ダンがいかに有能か。侍女として彼の働きぶりを見てきたぶん、よく知っている。


(スケジュールの統率は、ダンにお願いできたらいいなとは思っていたけれど)


 私が何も言わずとも、こうしてさっとその場についてくれるのも、ダンの頼りになるところだ。


「制服の仕立て屋に靴職人、それと陶器窯に……。ああ、時期が時期だけに、仕掛ける段階で協力してくれそうな生徒も何人か見繕っておいたほうが良いだろうな」


 机上に広げたノートに、スラスラと書きだしていくダン。

 手際の良さとさすがの頭の回転の速さに感心しながら覗きこんでいると、レイナスが隣に立つ。


「本当、面白いほど大胆なことを考えますね、ティナ嬢は」


「すみません、レイナス様。無茶なお願いをしてしまって……」


「謝る必要などありませんよ。どうぞ、僕を上手に使ってください。ティナ嬢に頼られるのは、最高の喜びですから」


 にっこりとお手本のような笑みを浮かべ、「さて」とレイナスも思案する。


「僕の国で一番の占い師でしたね……。本当にラッセルフォードの人間ではなく、カグラニアの占い師で良いのですか? ティナ嬢の案ならこれからの流行になる可能性が高いですし、そうなると今後、まとまったお金が動くことになりますよ」


 暗に、利益を他国に譲っていいのかと確認してくれているのだろう。

 レイナスだって一国の王子。黙って進めてしまえば、いくらだって奪えるだろうに。

 それでも彼はこうして確認してくれる、優しい人。それを知っているから、私は彼を信頼している。

 私は「はい」と頷いて、


「今回は短期間勝負ですから、こちらの案についてはひと目で新しいものだと分かるような形で、とにかく分かりやすく印象付けたいんです。カグラニア王国はラッセルフォードよりも他国の文化に寛容だとうかがっていますから、適任者がいらっしゃるのではないかと。それに、なによりもレイナス様の審美眼にかなったモノなら、間違いなく大勢の人の心を掴めますから」


「ふふ、ティナ嬢は随分と僕をかってくれているのですね。このような重要案件を任せていただけるなんて……久々に腕が鳴ります」


 すると、レイナスがダンスに誘う時のように、すっと右手を差し出してきた。

 よく分からないまま反射的に手を乗せると、指先にちゅっと軽い口づけが落とされる。


「レッ、レイナス様……!?」


「これは誓いです。ティナ嬢の目となり手足となり、必ず最良の結果へ導いてみせると」


(おっ、王子ーーーーーーっ!!)


 いやまあ、王子様なんだけれどね!?

 どうにもいちいち"王子らしい"というか、まさしく乙女ゲームって感じというか……。

 とにかく不意打ちが多くて心臓に悪いっ!!!!


 レイナスは真っ赤な顔ではくはくと口を動かす私を、微笑まし気な瞳で見つめ、


「ここでの話がまとまりましたら、すぐに母国へ手紙を出しましょう。あてがあります」


「そっ、それは心強いです――っ」


「ティナ! わたくし、本当に感動しております」


「! エラ様!?」


 レイナスに握られていた手をすっとすくうようにして、エラが私の手を握りしめながら間に入ってきた。


「たった三日でここまでの考えが浮かぶなんて、ティナはやはり素晴らしい発想力をお持ちです」


 キラキラとした尊敬の眼差しが眩しい。

 私はやっぱりエラは可愛いなあ、と心がほっこりするのを感じながら、


「そんな……でもこの案はどれも、エラ様や皆様のお力を頼ること前提のものですし……。頼り切ってしまって、申し訳ありません」


「とんでもありません。それだけティナが、わたくしたちと向き合い、それぞれの美点を見出してくださっているということです。誰にでもできることではありません。ティナだから、出来ることです」


 エラは私の手を優しく撫でて、


「ティナが頼る相手としてわたくしを選んでくださったこと、心より嬉しく思います。ありがとうございます、ティナ」


「エラ様……!」

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