第125話前を向かせてくれる人

(お布団に埋もれたい)


 正直なところ、散々プレイしたゲームの舞台だし皆とも再会できるしで、今日をすっごく楽しみにしていたのだけれど。

 おかしくない? 入学初日からヘビーすぎない???


(オリバーとの婚約条件だったりとか、テオドールの試験だとか。クレアが、悪役令嬢だったりとか……)


 情報が多すぎて飲み込みきれない。

 考えなきゃいけないことが山積みなのはわかっているけれど、ともかく今は無の時間がほしい。

 けれど思考をオフにする前に、私にはどうしても確認しなきゃいけないことがある。


 重たい足をなんとか動かし、辿り着いたのは昼間にヴィセルフ達と来ていた、中庭の温室。

 夜が深まると鍵をかけられてしまうので、手早く済ませないと。


(ええと、たしか奥のほうだったような……)


「……あった」


 探し出したのは、ゲームで出てきた温室の月下美人。

 今はまだ蕾も見当たらず、昆布に似た波打つ大判の葉を垂れ下げている。


「よかった……こっちはゲーム通りみたい」


 前世の繋がりの関係で先に出会ってしまったけれど、本来ニークルは一定条件をクリアしないと現れない、いわゆるレアキャラだ。

 入学当初はまだ温室の月下美人についての言及はなく、ガーデンスキルを上げるとイベントが発生。


 ヒロインのエラが月下美人の蕾に気づき、夜にこっそり確認に訪れたここでニークルと出会う。

 つまり月下美人の花は、エラがニークルルートを解放した証。


(この花を定期的に観察しておけば、エラとニークルの進展具合も把握できるかな)


「――やっと一人になったか」


「!?」


 背後から落ちる低い声に、飛び退くようにして振り返る。と、


「ニークル!?」


「相変わらずアンタの周りは騒がしいな」


 呆れ顔で見下ろすニークルが、私の隣にしゃがみ込む。


(え、なんでどうしてニークルが……っ!)


「まさか、私が家に戻ってた間にルート解放を……っ!?」


「ティナを祝いに来た」


「……へ?」


 間抜け顔をしているだろう私に、ニークルは嘆息交じりに微笑んで、


「入学、おめでとう。アンタにとっては、特別なことなんだろう」


「あ……うん。ありがとう、ニークル」


 なんだかこそばゆくてへらりと笑うと、ニークルは瞳を緩めて私の頭をポンと撫で、


「どうしてアンタはそう、面倒事ばかり増やすんだ」


「えーと……どこまで知ってるの?」


「全部だ」


 全部。全部かあ……。

 王であるニークル以外の精霊族は、基本的に姿が見えない。

 だが見えていないだけで、この国のいたるところに出現しているのだという。


 この温室には、次代の王を生む可能性のある月下美人がある。

 きっと、昼間の件は精霊たちを通じて、ニークルに知られてしまったのだろう。 

 納得した私は「ねえ、ニークル」と、月下美人を眺める彼と同じようにして葉を見つめる。


「問題です。私のいいところを三個述べてください」


「それは問題ではないだろう」


「制限時間は三十秒。よーい……」


「俺にティナへの気持ちを答えさせるというのだから、一緒に来てくれるのだろうな」


「……やっぱり、なしで」


 意地悪な返答に唇を尖らせると、ニークルはくっくと楽し気に喉を鳴らす。


「振られているのは俺のはずなんだがな。それに、俺に訊ねるのは見当違いというものだ。ティナがするべきは、好かれることではなく認められることだろう」


「……同じじゃないの?」


「まさか」


 ニークルはゆるりと立ち上がると、


「俺はティナを好いているし、認めてもいる。ティナが導いてやろうとしているあの男のことは、心底嫌いだが、認めるべき点もあるとは思っている」


(……ニークルって、ヴィセルフのこと嫌いだったんだ)


 まあ、好いているような態度ではなかったけれど。

 ともかく、論点はそこじゃなくて。

 私はううんと頭に手を遣りながら、必死に思考を巡らせる。


「ようは、嫌われていたとしても、認めざるを得ない何かがあればいいってこと……?」


 認められる。

 私が、名門貴族の子息令嬢に認めてもらえそうなこと。


(ヴィセルフに鍛えられたおかげもあって、紅茶を淹れるのだけはなかなかの腕前だって胸をはれるんだけどな)


 二か月間、紅茶を配り歩く?

 それで私はあくまで雑用及び給仕担当としての、生徒会のサポート要員です! ってアピールをするとか?


 ううん。それじゃあテオドールは、絶対に納得しない。

 全生徒の投票だなんて言っていたけれど、結局、最終決定権を持っているのはテオドールなのだから。


「……まったく、らしくないな」


「へ?」


「戦うと決めたのだろう?」


 ニークルは私の腕をぐいと引き上げ、


「悩み、うずくまるのがアンタの戦い方なのか」


「! それは……っ」


「思い出せ。その足の立つ場はすべて、己で勝ち取ってきた結果だろう。この世界の理を打ち砕き、その手でつかみ取ってきたんだ。……アンタが望みを叶えるために、すべきことはなんだ」


 私を見下ろす銀の眼に、懐かしい影が重なる。


「くーちゃん……」


 ああ、そうだ。

 前世ではこうして言葉を交わすことは叶わなかったけれど、私の弱音を聞いてくれたくーちゃんは、よくこの目をしていた。


 あの時はくーちゃんが私の話を理解してくれているとは思わなかったから、きっと、なにぐちぐち言っているんだ、早く散歩に連れていけ! って、煩わしい飼い主認定されているのだと思っていたけれど。

 それでも寄り添ってくれていた温もりに、勝手に、慰められていた。


「……ニークルはくーちゃんだった時から、私の背を押してくれてたんだね」


「なんだ。伝わっていなかったのか」


「くーちゃん、分かりづらいんだもの。でも、確信が持てなかったってだけで、いつも慰めてもらってたよ」


 くーちゃん……ニークルの言う通りだ。ああだこうだと悩んでいるなんて、私らしくない。

 とにかく行動あるのみ。これまでそうやって、切り抜けてきたんだから。

 私はぱんっ! と両頬を掌で打つ。


 うまくやろうと気張るから、動けなくなってしまうんだ。

 これはゲームのイベントじゃないのだから、正解などない。

 私は私に出来ることを。


(好かれるんじゃなくて、テオドールに"私"という存在を認めざるを得ない状況を作ってしまえばいい)


 そうだ。ニークルの言う通り、私がこの学園に入学できたのは、私の功績が認められたから。ヴィセルフのお情けではない。

 そう自信が持てるようにと、推薦状をマランダ様と料理長に託したヴィセルフに、心から感謝している。


(ありがとう、ヴィセルフ。おかげで私には何もないなんて俯かずに、前を向ける)


 私の入学が認められたのは、紅茶を淹れる腕でも、雑用要員でもない。

 私にしか出来ない発想で、新しいモノを生み出してきたから。

 支えてくれる優しい人たちの、たくさんの信頼とその能力を借りて。


「ありがとう、ニークル。目が覚めた!」


 ニークルはしたり顔で、瞳を優しく細める。


「まったく、俺はつくづくアンタに甘い」

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