第124話信じたくない悪役令嬢
そもそもゲームでは、ヴィセルフもエラも生徒会に属していたわけで。
(まあ、そこでエラはヴィセルフにネチネチといじめられるわけだけれども……)
二人が揃ってパーティーに出席し、周囲からもお似合いの婚約者として噂されるようになったように、今回もきっと良い変化を生むような気がする。
(私も一緒に入れれば、二人のお膳立てはもちろん、他の攻略対象キャラとエラの関係が進展しないよう見張ることもできるし!)
あれ? これってもしかして、いいことづくめなのでは??
「私、やります!」
しゅばっと挙手した私に、四人の驚愕の目が向く。
刹那、ヴィセルフが「ティナ!」と私の両肩を掴み、
「うまく丸め込まれてるんじゃねえ! ティナの身は、俺サマが絶対に守ってみせて――」
「"親しい友人"にしてくださると、おっしゃいましたよね」
にこりと笑んだ私に、ヴィセルフが息を呑む。
私は同じようにして固まるエラやダン、レイナスにも順に視線を向けてから、
「私、結構欲張りなんです。なのでヴィセルフ様やエラ様、ダン様やレイナス様と、この学園でも一緒の時間を共有できたら嬉しいなって、入学を楽しみにしていました。皆様の許して下さったこの場所を、黙ったまま奪われたくないんです。……戦わせてください、ヴィセルフ様。胸を張って、お隣に立つために」
「……っ! ああ~~~~くそっ!」
自身の髪をぐしゃりと掴んだヴィセルフが、じとりと恨めし気な視線を私に投げる。
「そんな言われ方をしたら、もう止められねえだろうが。……相変わらずだな、ティナ」
と、ダンが「そうだな」と肩をすくめながら頷き、
「たしかにティナは、大人しく守られていてはくれないよな」
「もっとも、だからこそ僕たちはティナの側を望むのですが」
(それって、つまりは問題児だから目を離すと心配ってことだよね……)
面目ないと苦笑をダンをレイナスに向けると、二人はどこからからうような瞳で、
「ティナにはティナらしくいてほしいしな」
「罪な人ですよ、本当」
そっと、左手を掬い上げられる感覚がした。エラだ。
彼女は頬を薄桜色に染め、
「……刺激せず、耐えて。目を逸らし続けていればいつか良い時が訪れるだろうなどと、わたくしはまた、一時的に凌ぐ方法ばかりに気をとられておりました。それではいつまでも進めないままだと、学んだというのに」
握られた掌に、力がこもる。
「お手伝いさせてください、ティナ。わたしくしも、ティナには誇りを失ってほしくありません」
「ありがとうございます、エラ様。ですが私がこうして心のままに突き進んでいけるのは、エラ様ならきっとこうして寄り添ってくださるだろうと、身勝手な期待でそのお優しさに甘えてしまっているからなんです。心配してくださるエラ様のお気持ち、私は本当に、嬉しいです」
「ティナ……」
エラににこりと笑みを返した私は、顔を引き締め、再びテオドールを見つめる。
「生徒会に入るための課題に、挑戦させてください」
「……その前に、一点。姉様、ヴィセルフ様、ダン様、レイナス様。彼女の挑戦が無謀に散ったとしても、皆様には生徒会に残留いただくことを条件とさせて頂きますが、よろしいですね」
「好きにしやがれ。ティナがやるって決めたんだ。何を言われようがのんでやる」
同意を示すようにして、テオドールを見つめる三人が頷く。
テオドールは一度、目を閉じたけれど、冷静な瞳を静かに覗かせ、
「交渉成立、ですね」
二ヵ月です、と。
テオドールを指を二つ立てて言う。
「二ヵ月後、上学年と新入生の交流を目的とした簡単なパーティーを行うのが、この学園の伝統となっています。投票は、そのパーティーの終盤に。生徒会入りを許可する票のほうが多ければ、正式に入会を認めましょう」
「二か月後の、交流パーティー……」
ぱっと頭に浮かんだ場面に、私はゲームでの出来事を思い出す。
場所は入学式が行われた大講堂。いつもは制服姿の生徒たちは通常のそれよりは大人しいドレスや礼服をまとい、立食形式で出入りも自由な、カジュアルなスタイル。
それまでヴィセルフに散々パーティーをすっぽかされていたエラは、生徒会役員としてとはいえヴィセルフと参加できたパーティーに、緊張と微かな期待を抱いていた。
今夜こそ、ヴィセルフと踊れるのでは。
生徒会での彼は相変わらず冷たいし、ろくに目を合わせてくれないばかりか、嫌味や業務の押し付けも多いけれど。
それでも、婚約者なのだ。
生徒は有力貴族の子息令嬢ばかりだし、王家の威厳を保つという名目でもいい。
とにかく一度、共に踊る機会がほしい。
健気なエラが勇気を振り絞って、ヴィセルフにダンスを申し込もうとした、その瞬間。
事件が、起きる――のだけれど。
(あ、あれ?)
ふつりと切れた思考に、頭を抱える。
(思い出せない――!?)
どうして。だって攻略対象キャラであるテオドールとオリバーにも、こうして会えた。
条件はそろってる、はずなのに。
(なんだっけ。あまりにエラが不憫すぎて、ヴィセルフと誰かをすっごく嫌いになったような……)
瞬間、温室のガラス越し。視界の端で、なびく赤が過った。
知っている色。優しくて頼りになって、いつだって私の背を押してくれる、大好きな彼女と同じ髪の色。
だけど、違う。
誰も近づかない温室の入り口に向かって歩を進める彼女は、さらりと流れる美しい髪を後頭部で一つに結い上げている。
私の記憶にある彼女は、一度もしなかった髪型。
なのに、どうして。こんなにも心臓が、バクバクと跳ねているのだろう。
(なん、だろ。どうしてこんな、嫌な感覚が――)
「ご歓談中のところ、失礼いたします」
入室してきた女生徒が、恭しく制服のスカートを摘まみ上げて膝を折る。
美しく、そしてどこかほのかに色気を感じさせるカーテシー。
「この良きハレの日に、どうしてもヴィセルフ様にご挨拶を申し上げたく」
ドクン、ドクン。
息を奪うほどに強まる鼓動。
(そんな、まさか、だって)
あり得ない。勘違いであってほしい。
そう願う私の横面を叩くようにして、赤を揺らした彼女が悠然と頭を上げた。
「本日入学いたしました、クラウディア・ティレットと申します。何卒お見知りおきくださいませ、ヴィセルフ様」
美しくも妖艶に微笑んだ彼女――クラウディアに、思わず「うそ……」と驚愕が漏れる。
(クレア……っ!)
間違いない。間違えるわけがない。
目の前で知らない微笑みを浮かべる彼女は、紛れもなく、クレア本人だ。
頭が痛い。
欠けていたピースが、次々と埋められていく。
(そんな、こんなことって……っ)
――クラウディア・ティレット。
彼女はヴィセルフと共にエラを虐げる、『不遇令嬢は恋に咲く』の悪役令嬢だ。
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