第120話モブのはずが疑惑のモブ令嬢でした

「父親同士が決めた話ということは」


 声を発したのはレイナスだった。

 彼は私を含める皆の視線を受けながら、探るような目を私を向け、


「この婚約は、ティナ嬢にとって不服なものだと?」


「不服といいますか……」


 ダンがはっとしたような顔をして、


「ティナ、もしかしてオリバーのこと、好き……だったりするのか?」


 ガタリと音をたて立ち上がったヴィセルフ。

 同じく起立したエラは、苦し気に眉根を寄せ、


「未来の婚約者として定められたお相手に情を寄せるのは、当然のことかと。ですがその情は、女としての義務や諦めから生じた感情である可能性も高いように思います。ティナの心も、そうした"情"なのではないでしょうか」


(うう、なんだかヴィセルフに虐げられた時のエラの心情を聞いているようで、胸がちくちく痛むなあ……)


 思わず胸元に手を遣った私に、「ティナ」と強い声。ヴィセルフだ。

 怒っているような、戸惑っているような。複雑ながら真剣な瞳が、私をとらえる。


「ティナに必要なのは、あんな奴じゃなくて俺だろ」


「――え」


「その縁談、白紙に戻してやる」


 あ、ああ、そういうことか。びっくりした。


(あんな、らしくない。縋るような目をするから、ドキドキしちゃった)


 たしかにヴィセルフの言う通り、彼の力を使えば不本意な縁談は白紙に戻せるだろうし。

 必要なのは"もしものために"と用意された婚約者候補じゃなく、絶対的な権力をもつ友人のヴィセルフだって言いたいのか。


「ええと、皆さん、落ち着いてください。心配してくださってありがとうございます」


 私はふうと小さく息を吐きだして、自身の心臓も落ち着けてから、


「オリバー様のことですが、特別な恋心を抱いた記憶はありません。ですが、いい人だとは思っています」


「いい人、か」


 即座に反応したダンが苦々しい笑みを浮かべ、


「俺も何度か関わったことがあるけどな。たしかに気さくで親しみやすい性格だとは思うが、その……ティナは彼の女性関係について、どこまで聞いているんだ?」


「あー……」


 思わず私も苦笑を浮かべる。

 幼い頃から父親と船に乗ることも多かったオリバーは、とにかく自由を好んでいる。

 それは女性関係も同様で。とにっかく交流が広い。


(けど、特定の相手はつくってないんだよね)


 それはたぶん、ゲーム的な話でいえば、ヒロインであるエラとの出会いを運命的にするための演出なのだろうけれど。

 ゲームでもこの世界でも、彼は必ず女性の前で同じセリフを口にするのだ。


「婚約予定の子がいるから、遊ぶだけならいいよ」


 ひえーーーーこんっな遊び人な台詞が許されるなんて、さすが攻略対象!!


(ゲームでもいちおう一線は越えてないもんだから、誠実な遊び人とか言われてたっけ)


 前世ではいや遊び人に誠実って? と思っていたけれど。

 王城で働くようになって貴族のドロドロな女性関係の噂を耳にしてしまうと、たしかにちゃんと宣言した上で線引きをしているオリバーは、遊び人だけど誠実だと思う。


(というか、オリバーの"婚約予定の子がいる"って、本当だったんだ……)


 実はゲームでは、オリバーの"婚約予定の子"がキャラクターとして出て来ることは、いっさいない。

 存在をにおわせるのは彼の台詞のみ。

 なのでオリバーファンの間では、実際に存在している派と、真剣になってしまう女の子除けのための嘘派で分かれていたのだ。


(存在……してたんだね……それもまさか"ティナ"だったなんて……)


 モブ令嬢かと思ってたんだけど。

 ううん、実際にゲームに出て来ることはないわけだから、やっぱりモブか。

 まあ、ともかくダンはそんな遊び人である彼の素行を私が把握しているのか、心配してくれているのだろう。


「オリバー様の女性関係については、ある程度把握しているつもりです」


「知ってて、"いい人"だって言うのか?」


(どうしよう。ここでエラのオリバーへの好感度が上がるのは避けたいけれど……)


 だからって、嘘を言うのも違うような。


(それに、ここで私が婚約予定だと強調しておけば、エラがオリバーに恋する可能性を減らせるかもだし)


 決心した私は「はい」と頷いて、


「まだ作法もわからない子供だった時から、一貫して優しい方だったと記憶しています。確かに調子の良い方ですが、私の嫌がることは絶対になさりませんでした。……王城勤めが楽しくて、つい、忘れかけていましたが、私も貴族の娘です。いずれ嫁がなければならない身なのは承知していますし、そういった意味では、どこの誰ともわからない方のもとに行くよりも、オリバー様に引き取っていただいた方がありがたいのではないかと――」


「まだ、時間はあるんだろうが」


 歩を進めてきたヴィセルフが、座る私をじっと見下ろす。


「ヴィセルフ様……?」


 途端、ぐっと私に顔を近づけ、


「奴しかいないなんて決めつけるんじゃねえ。まだわからねえだろうが」

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