第119話婚約者候補の幼馴染みが攻略対象キャラでした

 間抜けな声が出てしまったのは、彼が無遠慮に私の腰を掴みこの身体を軽々と持ちあげたからだ。

 高い高いさながらに持ちあげられた衝撃にあわあわと戸惑う私を見上げ、彼はにぽっと笑うと、


「しばらく見ないうちにますます別嬪さんになったじゃん。それで? そろそろオレと婚約する気になった?」


 は!? と。ひときわ大きい動揺の声がとどろいた。

 けれど私を抱えあげる彼は、気にも留めずに、


「おじさん達から手紙が来たと思ったら、ティナが学園に来るってんだもん。驚きすぎて親父にも調べてもらちゃったよね。けどま、これで毎日会えるわけだし、婚約前に仲を深めておこっか」


「ちょっ、おろしてくださいオリバー様!」


「なにその"オリバー様"って。かたっ苦しい。いつもの"オリー"でいいじゃん」


「それは! うちの領地だったからで、ここは学園ですし……っ」


「あーね、照れてんの。相変わらず真面目でかーわいいー」


 けたけたと笑いながらもやっとのことでおろされ、足が地についた。刹那。


「「「「ティナ!」」」」


 オリバーと私を遮るようにして、ヴィセルフにダン、そしてレイナスとエラが私を取り囲む。


「ティナ、おまっ……婚約ってどういうことだ!?」


「質の悪い冗談だよな?」


「ティナ嬢の口振りからして、一方的なものなのでしょう? 僕にはわかります」


「ティナッ、脅されているのですか? わたくしが力になりますので、なんでも話してください……っ」


(なんか、とんでもないことになっちゃった……!)


 オリバーのせいだからね! と非難の目で睨むと、オリバーは軽い調子で肩をすくめて、


「想像以上に愛されているみたいじゃん、ティナ。妬けるんだけど」


「オリバー様は黙っててください……!」


「オリーでいいって」


 ああ、もう! これ以上ややこしくされると面倒なんだけど!?

 ズキズキと痛むこめかみを揉みながら、私はなんとか笑顔を取り繕い、


「説明はしますので、ひとまず式典に向かいましょうか」


***


 ゲームでもたびたび登場する、学園の中庭に位置する温室。

 生徒なら誰でも利用でき、設えられた五つのテーブルセットでは、カフェテリアから運んできたのであろう紅茶やクッキーなどを傍らに談笑する生徒が見受けれられる。


 けれども今の温室内で座する生徒は、ヴィセルフにエラ、ダンとレイナスと、私だけ。

 というのも、ヴィセルフ達と温室内に入った途端、中にいた生徒たちがそそくさと出ていってしまったからだ。

 理由はおそらく……というか確実に、あからさまな不機嫌オーラをまき散らすヴィセルフと、他の皆からも醸し出される妙な圧のせいだろう。


 申し訳ないと思いつつ、この場に彼ら以外の生徒がいないことに感謝してしまう。

 だって、ツンツンでエラにだけデレる生徒会長のテオドールが近寄りがたい存在だと捉えられているのに対し、副会長としてその補佐を務めるオリバーは、誰にでも軽い調子なぶん、他生徒からの人気も高い。

 なので――。


「「「「ティナが十八になっても好いた相手がいなければ、婚約する約束の幼馴染……!?」」」」


(こんなこと知られたら、入学早々ぜったい波乱まみれの学園生活になっちゃう……!)


 私は絶句の表情を向ける四人に苦笑し、


「幼馴染といっても、年に一度会えればいい方でしたので、そう称してもいいものか微妙な距離感といいますか……。婚約云々も、父親同士が決めた話ですし」


 こんな重要な相手なのに、どうして忘れていたんだろう。

 キャロル家といえばこの国で知らない貴族などいない、巨大な商家だ。

 爵位こそ賜っていないけれど(どうやら当主が自由を奪われたくないと拒んでいるらしい)、ラッセルフォード王国をはじめとする周辺諸国でも、多大なる影響力を持っている。


 オリバーはその当主の一人息子。つまるところ、跡継ぎというわけで。

 顔の良さとそのハイスペックな属性から推測される通り、彼も攻略対象キャラのひとりである。


(顔も名前も知っているんだから、思い出したって良かったはずなのに……!)


 前世の記憶が戻ってからじゃないとカウントされないとか、一種の抑止力なのかな……?


(ともかく、今はオリバーの件をなんとかしないと。モブキューピット活動に影響が出ちゃう!)


 そもそもどうしてご立派な商家とうちのような弱小伯爵家が繋がっているのか。

 説明するには、若かりし私の父が王都に出てきた数十年前まで遡る。


 私の父がオリバーの父と出会ったのは、とある酒場。

 オリバーの父はボロ服をまとい素性を隠していたものの、質の悪い男たちに酔いつぶされ、所持品を盗まれそうになっていたらしい。


 たまたま同じ酒場に居合わせた私の父は彼が"キャロル"だと知らないまま守り、ぐでんぐでんの彼を安宿に連れて戻った。

 そして驚くことに、"平民"である彼にベッドを明け渡し、自分は床で眠りについたのだという。


 酔いのさめたオリバーの父は、朝陽と共に照らされた光景に衝撃を受けた。

 いくら貧乏とはいえ、父は伯爵家の跡取り。

 なのに"ただの平民"を助け、ましてやベッドを譲り渡すなど、と。


(それからなんやかんやあって、お父様のあまりの"お人好し"っぷりをすっかり気に入っちゃったっと)


 "良き友"となった二人の交流は、互いが当主となってからも続き。

 オリバーが生まれ、翌年に私が生まれると、父同士はひとつの約束を交わした。

 それが、私が十八歳になった時、私とオリバー双方に好いた相手がいなければ、二人を婚約させようというものだ。


(まあ、勝手に婚約させられてなかっただけ良かったけれど)


 ヴィセルフとエラしかり、この国では幼い間に親が子供の婚約を結んでしまうことも珍しくない。

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