第118話乙女ゲームにはヒロインの義弟が必須です

「光栄です、ヴィセルフ様。お言葉通り、私だけにしてくださいね」


 へ、と。重なった声は四人分。

 信じられないモノを見るかのような顔で固まってしまった一同に、あれ? なんか妙なこと言ったかなとたじろいだ瞬間、


「ティナ」


 エラが歩を進めて、私の両手をそっと救い上げる。

 途端にふわりと麗しい微笑みを浮かべて、


「そろそろ参りましょう。式に遅れてしまってはなりませんから」


「あ、そ、そうですねっ!」


 ひえ~~~~なんかエラも一層美しくなってない!?

 綺麗すぎてドキドキしちゃうんだけど……!


(これもゲーム開始の影響なのかな?)


 こんなに魅力溢れる状態じゃ、攻略対象キャラ以外からも慕う人が続出しちゃうんじゃ……!


 その時、風がひとつ駆け抜けていった。

 開発者が日本人だったからだろうか。並ぶ桜の木々が揺れ、淡く染まった花弁が空に舞う。

 艶やかな桜吹雪を背景に、並ぶは見目麗しき面々。


(ゲームが始まる)


 見たことのある画に、直感的に悟った。刹那、微かな違和感がよぎる。

 なんだか少し、物足りないような……?


「姉様」


 抜けるような青空を思わせる、少し高い青年の声。

 見ればいつの間にか、二人の男子生徒が立っている。


 背が高いウルフカットの緑髪の青年は制服を着崩してして、開いた襟元には銀色のネックレスが。

 そしてもう一人、私と変わらないくらいの背丈の青年の髪色は、エラより少し濃い青の色。私達に向けられた瞳は、エラとよく似た淡い水色をしている。

 それこそ、まるで姉弟のような――。


「お待ちしておりました、姉様。ご入学おめでとうございます」


 恭しく頭を下げる青の青年に、エラが「テオ」と揺れた声で呟いた。

 テオ。テオドールの愛称だ。

 親しい呼び名とエラを"姉様"と呼ぶ点から推察するに、本当にエラの弟なのだろう。けど。


(エラの弟の、テオドール……?)


 彼が頭を上げる。すっかり柔らかい表情をするようになったエラとは違い、動きの少ない顔のまま彼は私達を見据え、


「お久しぶりです、皆様。……そちらの方は、初めて見るお顔ですね。僕はテオドール・ブライトン。以後、お見知りおきを」


(テオドール・ブライトン……!!)


 そうだ。思い出した。

 エラの義理の弟で攻略対象キャラのひとり、テオドール・ブライトン……!


 乙女ゲームといえばなヒロインの義理の弟枠で、ルート解放せずともデフォルトでエラを大好きなテオドール。

 ブライトン家の一人娘であるエラがヴィセルフの婚約者候補に挙がったときから、跡取り候補として、ブライトン家の支援のもと厳格に育てられていた。


 教育の機会を得たテオドールは、さっそくとその"天才"たる頭角を現し。

 エラが正式にヴィセルフの婚約者に決まると、ブライトン家に養子縁組されたのだ。


 けれども"万が一"があっては困るからと、彼はエラの住むブライトン家のお屋敷ではなく、王都から少し離れた別邸で暮らしていたんだっけ。


(いちおう、月に何度か一緒に食事をしていたり、跡取り教育の一環でお屋敷を出入りすることも年々増えていたから、エラとは友好な関係を築いていたはず)


 テオドールは天才だ。その能力の高さがかわれ、たびたび国の軍事にも知恵を貸している。

 そしてその頭脳の高さが評価され、エラの一つ年下であるにも関わらず通常よりも二年早く学園に入学した。


 だから年下なのに、上級生だったのだ。

 おまけに生徒会長でもある。


 そしてそんな天才のテオドールだけれど、実はとても努力家なのだ。

 だからこそ、ヴィセルフの婚約者として奮闘するエラに強い尊敬と同情を抱いていた。


(エラを心から慕っていたぶん、彼女をないがしろにしてたヴィセルフが大嫌いだったんだよね……)


 でも今のヴィセルフは、社交界でも噂されるくらいエラと仲良しなわけだし。

 テオドールのヴィセルフ嫌いもマシになってるんじゃ……。


 新たに解放されたゲームの情報を思い出していると、テオドールの冷たい瞳が私に向いた。

 彼は表情を変えないまま、警戒の気配を濃くして、


「この学園には僕がいる。姉様の優しさを利用しようものなら、それ相応の報いがあると心得ておくんだね」


「テオ! ティナはそんな子じゃ……っ」


「テーオ」


 妙に明るい調子で割り入ってきたのは、テオの隣に立つもうひとりの男子生徒だ。

 はっきりとした顔立ちの、いかにも上級生といった雰囲気の彼は、気さくな調子でテオドールの肩に肘を乗せると、


「大好きな"姉様"が取られそうだからって、あんまりイジメないでほしいんだけど。オレのだーいじな子だって言ったの、もう忘れちゃった?」


 彼は黄色い瞳を楽し気に緩めて、私へ歩を進める。と、


「久しぶりーティナ! 早く会いたくって迎えにきちゃった」


「はわっ!?」

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