第117話魔岩石のパワーアップです

「僕に削らせていただけませんか? 必ずやティナ嬢に似合う形に仕上げますので」


 そうしてヴィセルフとひと悶着あったものの、レイナスの巧みな話術によって説得されたヴィセルフの許可も得て、実家に戻っているあいだ預けていた。


「レイナス様は本当に器用でいらっしゃいますね。こんなに美しくなるなんて!」


「こんなにも愛らしく喜んでいただけて、僕も嬉しいです。せっかくでしたので、チェーンも魔力の伝達がしやすいものに変えさせていただきました。こちらは僕からのプレゼントということで」


「え……その、とてもありがたいのですが、私にはもったいないモノかと」


「そんなことはありません。確かにティナ嬢は魔岩石を灯せませんが、ヴィセルフのような例外も実際にいるわけですから。魔岩石というのは、案外気まぐれなものですしね。それに通常のチェーンより強度も上がりますし、けして"もったいない"ものではありませんよ」


 それに、と。

 レイナスは自然な仕草でネックレスを持つ私の手を掬い上げ、そっと口づけを落とす。


「これなら僕の想いも、ティナ嬢に持っていてもらえますから。こんなにも喜ばしいことはありません」


「っ!」


 おっわあーーーーーーー!!!!

 さすが!!! 乙女ゲームで攻略対象キャラの王子様っ!!!!!


 久しぶりすぎて破壊力がダイレクトに響いてくるというか。

 うん、そうだったねこういうことさらっと出来るキャラだったよね……!


 感情の激流に硬直している私にふっと笑んで、レイナスが「付けてさしあげますね」と手の内からネックレスを抜き取った。刹那、


「させるか」


「! ヴィセルフ様っ」


 レイナスの腕を掴んだヴィセルフはギッと眼光を鋭くして、


「レイナス、テメエ……そこまで許可した覚えはねえぞ」


「おや、自由の身であるティナ嬢へ好意を贈るのに、誰の許可も必要ないはずですが?」


「今すぐ国に返してやるか?」


「残念ですが、僕の留学は王命です。ヴィセルフに権限はありませんよ」


「チッ! ……返しやがれ」


 ティナ、と。

 呼ばれた私が「はい!」と反射的に応えると、ヴィセルフは眉間に皺を刻みながら私の眼前に立ち、


「心底気に入らねえが、今回は見逃してやる。ティナの役に立つ可能性があるからな」


 渋い顔で言いながら、チェーンの留め具を外したヴィセルフが私の首元に手を回す。


(えっ、ちょっ、付けてくれるってこと!?)


 近い近い近い、近いですヴィセルフさん……!

 触れ合いそうな前髪とか、影をおとす睫毛とか。

 真剣な赤い瞳とか腕の気配とか……!


 私の首後ろでチェーンを付けながら「じっとしてろ」と言うけれど、お任せください。

 すでにこっちは久しぶりな距離に硬直済みです!


(実家に戻っている間に美形耐性が薄れたのかも)


 なんだか無償に草木に囲まれたのどかな実家が恋しい。


(だめだめ、ヴィセルフとエラの幸せ未来計画のためにも、しっかりしなきゃ!)


 まあ、また毎日のように顔を会わせていれば、すぐに侍女だった時みたいに見慣れてくるはずだし――。


「できたぞ」


「! ありがとうございます、ヴィセルフ様」


 胸元にころんと下がる魔岩石。ヴィセルフに贈られてからずっと身に着けていたからか、なんだかここにあることに安心してしまう。

 思わず頬を緩めると、ヴィセルフの「いいか」と念を押すような声がして、顔を上げた。


「こんなこと、ティナ相手にしかしないからな」


(……はい?)


 こんなこと。

 それはつまり、今のようにネックレスを付けてくれる行為のことだろうか。


(私にしか、しないとは?)


 明後日の方向へと視線をそらすヴィセルフの頬はほんのり赤みを帯びていて、どこか照れているようにも見える。

 照れ……? なぜ。


(あ、もしかして)


 ヴィセルフはどちからといえば女性が苦手だ。

 つまるところ、私はヴィセルフにとって初めての"女友達"になる。


 侍女だった時は主従関係に基づく施しの意味が強かったのだろうけど、今の私は従者ではない。

 だから今この状況はヴィセルフにとって、初めての"女友達"へ贈り物をした形になってしまっているわけで。

 慣れない経験に、思わず照れてしまったのだろう。


(ああー、だから"私にしかしない"ってわざわざ強調したんだ)


 エラが決して勘違いなどしない、いわば公認の友人である私相手だからこうした"お守り"をくれたわけで。

 他の女性に贈り物をしたり、ましてやこうして身に着ける手伝いをしたりなど絶対にあり得ないからと、遠回しながらも健気なアピールだったってこと。


(エラは王妃になるわけだから、選りすぐりの侍女を沢山つけるだろうし)


 なるほどすっきり。難解だったパズルがぴたっとハマった感じ!

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