第116話当て馬王子なシナリオを打ち破りましょう

 刹那、「俺は、お前なら」と低い声。見ればヴィセルフは暗い表情で、視線を落としている。

 拗ねて……いるのだろうか。

 もしかしたら、エラの友人でもある私の入学準備をどーんと提供して、その懐の深さと手腕っぷりをアピールしたかったのかもしれない。


(あああああそういう、そういう……っ!?)


 ごめんねヴィセルフ……!

 でもやっぱり一国の王子を使いっぱしりにする勇気は、ない!!


(けれど、アピールのフォローなら任せて……!)


「でもでも! ヴィセルフ様、私が困らないようにとあれこれ理由をつけてたっぷりと退職金をくださったじゃないですか! 支度金はもちろん、寮もひとり部屋を申し込めるようにと。おかげ様で無事、二年間のひとり部屋をいただくことが出来ましたし。本当に感謝しています」


 エラに聞こえるように、少しだけ声を張る。

 学園の寮には二種類あって、ひとり部屋にて構成される白星しらほしの棟と、誰かと相部屋で過ごす銀花ぎんかの棟がある。


 当然ながら、ひとり部屋を望むとなるとそれなりの金額がかかるわけで。

 いくら私の両親が仕送りのほとんどを貯めていてくれていたとはいえ、当家の財力では銀花の棟ですらぎりぎりだった。


 けれどもヴィセルフが「白星の棟以外は認めねえからな」と退職金を上乗せしてくれたおかげで、悠々自適な一人部屋をゲットできたのである。

 するとヴィセルフは、何やら仕方なそうなため息をついて、


「当然の権利を与えたまでだ。それに、これ以上面倒なのを増やされても厄介だからな」


「面倒……」


 ああー、確かに。

 行動を共にしていれば、私がエラやヴィセルフ達と仲が良いのだとすぐに周知の事実になる。

 同室であることを利用して、自分も彼らとお近づきになりたい! と考えるご令嬢がいたっておかしくはない。


 そうなると、真っ先に狙われるのは同性であるエラだろう。女性同士のお茶会は珍しくはないし。

 ヴィセルフはそこまで考慮して、私を"友人"としているエラを守るためにも、ひとり部屋にしてくれたのだ。


 あーーー愛だね!!

 本人に気付かれないようにさりげなく手を打つなんて、なんって大人な愛の注ぎ方……っ!


「承知しました、ヴィセルフ様。ご期待通り、しっかりと防波堤の役目を果たしてみせます!」


「まーた妙なことを言い出しやがって……。まあ、周囲を警戒するにこしたことはねえし、それで構わねえ」


 どこかぐったりとしているように見えるのは、エラに気づかれたくはないからと遠回しなやり取りをしているからだろうか。


(気持ちはわかるけれど、これからはどんどん本人に伝わるようなアピールもしていかないと、エラの気持ちが攻略対象の誰かに向いちゃうよ……!)


 だってまさに今日、この瞬間。

 入学式を迎えた学園の門が、ゲームのオープニングに登場するのだから。


 実は入学にあたって、実家に戻るまでの間にダンには書類や手続き関係のサポートを。レイナスには、魔岩石の基礎知識とマナーレッスンをしてもらっていた。

 二人の指南を受ける中で、改めて、二人のスペックの高さを再認識させられたと同時に、危機感を募らせた。


 攻略対象であるダンやレイナスは、既にエラとの幸せな未来のシナリオを持っている。

 対してヴィセルフに与えられているのは、エラとの婚約を破棄し破滅まっしぐらなシナリオのみだ。

 つまりヴィセルフは、本来用意されている"運命"ともいうべきシナリオを打破し、ヒロインであるエラの心を射止めるシナリオを自力で作り出さなければならない。


(けどけど、ゲームだとこの入学式の段階で、ヴィセルフとエラの関係は最悪だったはず)


 それがこうして仲良く揃って会話も楽しめているって時点で、シナリオを打破出来ているも同然だろう。

 着実に、コツコツと好感度を高めていけば、ヴィセルフエンドだって夢じゃない……!


「ティナ嬢」


 レイナスの声に思考を切り、彼に視線を合わせる。

 と、レイナスは「やっと僕を見てくれましたね」と笑んだかと思うと、


「お預かりしていた魔岩石、お返しします」


「!」


 手を、と言われた通り差し出すと、しゃらりとチェーンを鳴らして魔岩石のペンダントが乗せられた。

 赤い石がきらりと光る。

 私はそっと摘まみ上げて、その美しさに「わあ」と声を上げた。


「すごい、宝石みたいです……!」


 ヴィセルフから贈られ、ずっと身に着けていた魔岩石のペンダント。

 ごつごつと岩のようだった風貌が、つるんと光沢を帯び、さらには細やかな薔薇の模様まで入れてもらっている。


 魔岩石とは本来、所有者が自分に合った形に加工して使用するものらしい。

 とはいえ私は魔岩石を扱えないので、あのままでも不都合はなかったのだけれど。

 レイナスの説明によると、磨き上げて私に馴染む形にしておいたほうが、この魔岩石が持つ本来の力を引き出しやすくなるらしい。


 それはこの石に灯る、ヴィセルフの魔力も例外ではないようで。

 せっっかくなら"お守り"としての効力を高めるためにもと、加工を提案されたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る