第115話お揃いのナイトドレスを作ってしまいました

 先ほどとは対象的な二人の様子に、頭上に疑問符が浮かんだ刹那。


「ティナ、お待ちしておりました……!」


「制服、よく似合っていますね、ティナ嬢」


「エラ様! レイナス様も!」


 側へと歩を進めてきてくれた二人に、「お久しぶりです!」と笑む。

 次いで私はエラにぺこりと頭を下げ、


「エラ様、入学準備の手助け、ありがとうございました。エラ様のおかげで無事、間に合いました」


 実は今回の入学にあたって、エラには制服の仕立てやら寮生活における日用品の手配やらと、とてつもなく手助けしてもらった。

 というのも、私の実家は辺境の貧乏伯爵家。

 当然のごとく、まさか私が学園に入学できるなど夢にも思っていなかった両親は、私からの手紙を受け取るなり大パニックに。

 一口に"入学準備"と言われても知識が乏しく、大混乱をしたためた手紙が返ってきた。


 と、まるでそんな状況を承知していたかのように、エラが「お手伝いをさせてくださいませ」と申し出てくれたのだ。

 こんなにも心強いことはない。迷惑をかけてしまうことに恐縮しつつも、このままでは入学が危うくなってしまうと、ありがたくお願いさせてもらった。

 顔を上げた私に、エラはにっこりと優美に微笑む。


「いいえ、ティナと共に準備ができ、とても楽しいひと時でした。それに、揃いのナイトドレスも。今夜が楽しみです」


「「「揃いのナイトドレス!?」」」


 男性三人の声が重なる。

 その勢いにびくりと肩を跳ね上げた私とは対照的に、エラが「ええ」と麗しく頷いた。


「リボンはここぞという箇所のみに。レースは惜しみなくたっぷりと使用し、シルエットだけではなく肌触りにもこだわった一品を仕立てました」


「ここぞという箇所……っ!?」


「レース多めか……ありだな」


「肌ざわりは重要ですね」


 赤くなったり真剣だったり納得の様相だったり。

 三者三様ながらもじっとガン見してくる三人に、私は慌てて首を振り、


「わ、私にはもったいないとわかっているのですけれど、その、こんな機会ももうないかと……っ」


 卒業し、実家に戻ればナイトドレスに拘っている余裕なんてなくなる。それに、エラとも疎遠になってしまうだろう。

 だからこれは私にとって、"友達"と揃いの服を仕立てる、最後のチャンス。

 エラは「まあ」と私の手を優美な仕草で掬い上げると、細い指先を絡め、


「もったいないだなんて。それはそれはとても愛らしい姿で、癒しを司る妖精のようでした。わたくしの我儘をきいてくださってありがとうございます、ティナ」


「いえ! エラ様のお姿こそ、慈愛の女神様のようでした! それに……わたくしもエラ様とお揃いにしていただいて、とっても嬉しかったです。ありがとうございます、エラ様」


 嬉し恥ずかしな感謝に笑んだ私に、エラもまた愛らしい笑み返しながら、


「ではお話ししていた通り、夜はあのナイトドレスを着て共にお茶をしてくださいね」


「はい! もちろんで――」


「まっ、待て待て待てっ!」


 見つめ合う私とエラの間に、ヴィセルフの掌が差し込まれる。


「なんでしょう」


 怪訝そうに見上げたエラに、


「夜にナ、ナイトドレスでお茶だなんて、認めねえぞ!」


「ここは王城ではありませんし、ティナは既に侍女を辞しております。ヴィセルフ様の許可は必要はないかと存じますが」


「く……っ!」


(ご、ごめんヴィセルフー!!)


 そうだよね、愛しのエラが私とお揃いを作っているってだけでも嫉妬轟々だろうに、そんなあられもない姿で私とお茶だなんて羨ましいこと山のごとしってやつだよね……!


(でもこれも実は私のキューピット作戦のひとつだから、どうか耐えて……!)


 そう、これはいわゆるエラとのパジャマパーティー。

 単純に楽しみなのはもちろんだけれど、パジャマパーティーといえば恋バナがつきもの。

 他の目もないってことでエラの秘めた気持ちも聞きだしやすくなるだろうし、つまるところ夜のお茶をしながらエラの恋模様を探れるチャンスなのだ!


「ティナ!」


 そんな私の作戦などつゆ知らず、鋭い声が私の名を呼ぶ。


「俺サマには手助けは必要ないと断っておいて、コイツには"手助け"以上のことまでさせてるじゃねえか。どう言い訳するつもりだ?」


「言い訳といいますか、ヴィセルフ様のお申し出をお断りさせていただいたのは、ヴィセルフ様が"入学準備はすべて俺が手配してやる"とおっしゃったからです」


「それの何が気に食わねえ」


「ヴィセルフ様、よくお考えください。ヴィセルフ様は我が国の王子。対して私は辺境のしがない伯爵家の娘です。いくらヴィセルフ様が寛大だとはいえ、全てを手配していただくなど、見方によってはヴィセルフ様をいいように扱っているようではありませんか」


 いくら侍女としての働きが認められ、"友人"の座を与えられていようと、周囲からすればそんな内情など知る由もない。

 一国の王子をいいように扱う女がいると、変に噂されてはヴィセルフだって不本意だろう。


(私は何があろうと二人のキューピット。二人の疑惑の種にならないよう気を付けないと!)

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