第110話王子様との新たな関係は

 若干の焦りを抱きつつ、頬の熱を冷まそうと思考をドレスの修繕方法へと飛ばす。

 と、ヴィセルフが「本当に珍しいな。……今ならいけるか」と呟いたかと思うと、


「ティナ。さっきどうして俺が、こんなにもお前に尽くすのかと訊いたな。約束通り教えてやる。……ティナのことを、好いているからだ」


「…………え?」


「好いているからこそ、なんでもしてやりたくなる。好いているからこそ、大人しく手放したくなんかねえ。今更、ティナのいない日常なんて受け入れられねえ。わかるか、ティナ。俺にとってお前は、とっくにただの侍女なんかじゃねーんだ」


 見つめる真摯な瞳に熱がこもり、伸ばされた優しい指先が、するりと私の頬を撫でる。


「ずっと、言ってやりたかった。家になんか戻るな、俺と一緒に来い、と。だが……俺がそんなことを言ったら、ティナは俺のために入学を決めちまうだろ。だから、黙ってたんだ。俺は確かにティナを手放す気はねえが、自由を奪いたいわけじゃないからな」


「ヴィセルフ様……」


「柄にもねえが、正直、ほっとしている。まだ、俺の手が届く所にいてくれるってな。この俺サマがだぞ? 笑えるだろ」


 向けられた笑みに、ドクリと心臓が胸を打つ。

 ――そんな顔、知らない。

 弱気で、慈しみに溢れていて。

 ちょっとだけ情けなくて、でも、愛おしそうで。


(あつい)


 目を逸らして逃げてしまいたいのに、あたたかな心地よさがジワジワと染み渡ってきて。

 あまつさえ、もっとその顔を、見ていたいだなんて。


(ああ、そうか)


 わかった。気付いてしまった。

 この感情の示す答えに。ヴィセルフの、向けてくれる想いに。

 私は歓喜が瞳を潤ませるのを感じながら、頬に添えられたヴィセルフの掌に、自分のそれを重ねる。


「笑うなど、とんでもありません。……ありがとうございます、ヴィセルフ様。私もやっと、自分の想いに気づくことが出来ました」


「! ティナ、それは、まさか……っ」


 驚愕の様子を見せるヴィセルフに「はい」と頷き、私は彼をしっかりと見上げた。


「ヴィセルフ様のお心、とても嬉しく思います。私も、選択の余地を与えてくださるヴィセルフ様が、こうして触れる距離を許してくださるヴィセルフ様が、大好きでございます」


「……っ! ティナ、おま、やっと伝わって――」


「本当に、嬉しいです。私を他の皆様と同じように、ただの侍女としてではなく、親しみを持った一人として受け入れてくださるなんて」


「…………あ?」


「やっと気が付きました。ヴィセルフ様にとって、ダン様がただの従者騎士ではないように。エラ様が、ただのご婚約者様ではないように。レイナス様が、ただの幼馴染な王子様ではないように。ヴィセルフ様と皆様の間には、肩書を超えた特別な親しみがあります。私はそれを、ずっと羨ましく思っていたのですね」


 そう、そうだ。私はずっと、ヴィセルフの"親しいひとり"でありたかったんだ。

 侍女だからではなく、ティナとして。肩書の有無にとらわれることなく、"親しいひとり"として側で支えられたらと、願っていたんだ。

 納得の心地で何やら硬直しているヴィセルフの手を導き、顔の前でしっかりと、両手で包み込む。


「本来はどんなに羨んだとて、叶わぬ望みですのに。本当に、ありがとうございますヴィセルフ様。侍女ではなく、私として側にあれることをお許しくださって。王城の侍女という肩書はなくなってしまいますが、お許しいただけます限り、学園でも精一杯お支えいたします……っ!」


 溢れる嬉しさと感謝に破顔するも、ヴィセルフからはどうにも反応が返ってこない。


(あ、あれ?)


 ふつふつと湧き出る不安。

 私はちょっと考えてから、小首を傾げ、


「あ、あのヴィセルフ様?」


「…………なんだ」


「その、てっきり"友人"であることを許されたのかと思って、舞い上がってしまったのですが……。ち、違いましたか?」


「…………はあ~~~~~~」


 深い、これでもかと長いため息をついて、「そんな言い方、反則だろ……」とヴィセルフが空いた手で顔を覆う。

 その様は、どう見ても"落胆"で。


「ええと、やはり、私の勘違いということで……?」


「いや、それでいい。ティナがそんなにも喜んでくれるってのなら、"親しい友人"で構わねえ。今はな」


「今は、ですか……?」


「そうだ。関係性ってのは、常に変わっていくものだろ? それこそティナがただの侍女から、俺の"親しい友人"とやらに変わったようにな。だから、"今は"だ。……それで我慢しておいてやる」


 はて、我慢とは??

 不思議に思った刹那、これまでとは違った、ひときわ華やかな音楽が耳に届いた。

 同じく気づいたようにして宙を見上げたヴィセルフが、


「そろそろ終いが近いようだな。ったく、ラストダンスをティナと踊るために、つっまんねえ挨拶周りを急いで終わらせたんだぞ。んなドレスじゃ、会場に連れ戻せねえ」


「も、申し訳ありません……」


「今から別のドレスを持ってこさせても、間に合わねえよな……。いっそ俺の予備を着せるか? いや、サイズが合わないな」


「へ? あの、ヴィセルフ様の予備って、ドレスではないですよね?」


「あ? 当たり前だろ。俺はティナと踊りたいだけだけだ。着ているモンがドレスだろうがそうでなかろうが、大した問題じゃないんだよ」


「……最後はエラ様と組まれたほうが良いのでは」


「アイツとは最初に二曲も踊っただろーが。それで充分だ」

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