第109話新たな未来へ挑みましょう
「ど、して」
私には学園に呼ばれるだけの魔力も、家柄もない。
ほんの僅かな可能性すらないのだからと、当然、推薦状を取り寄せてもいない。
上手く状況を飲み込めずにいる私に、ヴィセルフがしてやったりと口端を吊り上げる。
「ティナの両親に許可はとってある。下部の署名にある通り、推薦人はマランダと料理長だ。まあ、話を持ちかけたのは俺だがな」
今にも倒れそうな顔をしていたのか。ヴィセルフはそっと私の両肩に触れ、ソファーに座るよう導いてくれた。
それからヴィセルフもまた、私の隣に腰を下ろし、
「俺やダンが推薦人として動いたら、ティナは間違いなく、入学を許可されたのは俺達の名があったからだと考えるだろ? それじゃあ意味がねえ。だから、マランダに話をした。アイツは昔っから頭の固い奴だが、珍しく喜んで賛同してくれたぞ。ティナをこのまま家に帰すには勿体ないってな」
「マランダ様が……っ!?」
「ああ。したらどこから話を聞きつけたのか、料理長が自分にも推薦書を書かせろと押し掛けてきやがった。自分の方がマランダよりも、ティナの"功績"を知っているからってな。反論したマランダと口論になってたぞ」
その時の場面を思い出しているのか、ヴィセルフがおかしそうにクックッと喉を鳴らす。
それからふと、仕方なさそうな苦笑を浮かべて、
「まったく、愛されてるな。ティナは」
私はジンとこみ上げてくる感謝や感動を必死に飲み込みながら、書面に記された二人の名をそっと撫でた。
「マランダ様も、料理長も。今日までに何度もお顔を合わせていますのに、そんな素振り、まったく……」
「結果が出るまで黙っていようと決めたのは、あの二人だ。下手に期待させては、ダメだった時に可哀想だってな。俺はそんな必要ないと言ったんだが……。ティナのこれまでの功績を並べりゃ、入学が許可されないなんてあり得ないだろ」
ともかく、それは選択肢の一つだ。
ヴィセルフが、私の持つ許可証を指先で弾く。
「その紙を使って入学手続きを進めるも、必要ないと破り捨てて家に帰るも、ティナの自由だ。今のお前は、選べる立場にある。悔いのない選択をしろ」
「ヴィセルフ様……」
慈しみの眼差しに、私はもう一度、推薦許可証へと視線を移した。
悩む必要なんてない。答えはとっくに、でている。
けれど。
「……ヴィセルフ様は、どうして私に、ここまでしてくださるのですか」
純粋に、知りたいと思った。
それは感謝が積もりに積もったが故の疑念だとか、無意識のうちの期待とか。
自分でもよくわからない、衝動のようなもので。
ヴィセルフは、そんな私をじっと見つめ、
「……ティナの答えを聞いてから、教えてやる」
意地悪だ。
おそらくヴィセルフは、私の答えなんてとっくに分かっている。
なのにこうして私の口から言わせようとするのは、私の意志を、一番に守ろうとしてくれるから。
優しい、意地悪。
「――クラウン学園に、参ります」
私は確固たる決意を胸に、ヴィセルフを見つめる。
「私には強力な魔力もなければ、貴族としての教養も足りません。それでも挑戦したいんです。ヴィセルフ様に、皆様に繋いで頂いたチャンスを、破り捨てたくはない。許されるギリギリまで、足掻いてみたいんです。……家に帰り、模範的な"令嬢"として両親と国に尽くすのは、もう少し待っていただきます」
「……家に戻ったところで、大人しく"模範的な令嬢"になるとは限らねえけどな」
「え、そんなに私って、"令嬢"として絶望的ですか……?」
「そういう意味じゃねえ。俺の知るティナは、いつだって枠組みに捕らわれないからな。"模範的な令嬢"に収まる姿なんて想像がつかねえ。それに、俺はそうした何物にもとらわれないティナを、好ましく思っているぞ」
「っ、そう、でしたか」
ありがとうございます、と告げるも、なんだかちょっとこそばゆい。
思わず下がってしまった視界に、楽し気に両目を細めるヴィセルフの顔がひょいと現れた。
「なんだ。この程度で照れるなんて、珍しいじゃねえか。いつもああだこうだと斜め上に解釈して、勘違いばかりしやがるくせに」
「な……っ、私はいつだってヴィセルフ様のお心を推しはかろうと、努力しているだけでして……っ!」
「そーかよ。ま、ティナの頭ん中が俺だけで占められてるってのは、気分がいいけどな」
「……左様でございますか」
あー、うん。
やっぱりヴィセルフも当て馬とはいえ、乙女ゲームの主要キャラなのだなあ、なんて。
(エラにもこうやって、ストレートにヴィセルフの気持ちを話してあげればいいのに)
頬が熱い。
なんというか、ヴィセルフは私の性格を、思っている以上によく理解してくれていると思う。いい面も、悪い面も。
その上でさらに、そのどちらにでも成りえる"私"たる部分を好意的に受け止めてくれているのって……。
想像以上に嬉しいような、恥ずかしいような。
胸の奥がしょわしょわって、柔い穂先でくすぐられているような感覚になる。
(なんだろ、この感じ。知らない感覚なんだけど)
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