第106話戻ろうと思ったらバレてしまいました
「私ね、楽しかったんだ。前世の記憶が甦ってから今日まで。でもそれって、全然当たり前のことなんかじゃなくって。皆がすっごく、優しかったからなんだよね」
私はゲームの主要キャラではない、モブ中のモブだ。おまけの前世の記憶を持っていて、この世界にはないお菓子を作り続けている。
誰か一人くらい私を気味悪がったり、さっきの彼女のように厄介者扱いしたっておかしくはないのに。
彼らはいつだって笑顔で、"ティナ"と呼んでくれた。
それはまるで、ここがゲームの世界だと知っている異質な私でも、ここにいて良いのだと。
彼らと同じようにこの世界で生きていいのだと、認めてくれているようで。
「皆が優しかったから、私は"ティナ"でいられた。"ティナ"でいていいんだって、安心して毎日を過ごせた。私の心を救ってくれた皆の優しさが、気の迷いだったなんて言われたら……私、きっとすっごく悲しくなっちゃう」
感謝とか、恐怖とか。こみ上げてきた沢山の感情を誤魔化すようにして笑顔を作ってみせたけど、どうやら失敗してしまったらしい。
ニークルは眉根にぐっと力を入れたけれど、一度目をつぶってから、その強張りを解いた。
「そろそろ、俺の元にくる決心はついたか」
「うーん、それはまだかなあ」
「ティナ」
そっと、指の裏で頬を柔く撫でられた。
束ねられた艶やかな黒髪がさらりと流れて、見つめる二つの銀が、星のように瞬く。
「俺はいつだって、アンタの帰れる場所でありたいと思っている。この感情はまやかしなんかじゃない。前世でも、今も。ずっと変わらない、俺の一番に大切な意志だ。たとえこの世界がティナの存在を嫌おうと、居場所は、ここにある」
だから安心しろ、と。
穏やかに告げる彼に今度こそ笑顔で「ありがとう、ニークル」と告げると、満足そうに頬を緩めてくれた。
「それにしても私、ニークルに助けてもらってばかりだね。ごめんね、いつもいつも」
「まだたったの二度だ。そろそろ、下に降りるぞ」
「あ、ねえ。下に降りるんじゃなくて、元居た場所に戻してもらうことって出来る?」
「あの窓の内側か」
「うん、そう。もし会場の正面から入ったところをレイナスに見られたら、色々と聞かれちゃうと思うんだよね。あの廊下から戻れば、会場を出た時と同じように戻れるし」
「わかった。……しっかり捕まっていろ」
膝裏を掬い上げられ、横抱き……いわゆる、お姫様だっこの形で抱きかかえられる。
わ、と反射的にニークルの胸元を掴んだ私に小さく笑って、「いくぞ」と彼は木の枝から飛び立った。
ふわりと浮く感覚。頬を流れていく風は緩やかで、ドレスの裾がクラゲのようにふんわりと舞った。
景色を堪能する間もなく、タン、とニークルが腰を屈めて窓枠に降り立つ。
「怖くはなかったか……など、聞く必要はなさそうだな」
どこか呆れたように瞳を緩めるニークルが、窓枠の上部に手をつく様を見上げつつ、
「私、初めて空飛んだ!!」
「まあ、大抵の人間はそうだろう」
「すごい!! 楽しい!!!」
「それは、なによりだ」
クツクツと喉を鳴らしながら、ニークルが丁寧な腕で私を降ろしてくれた。その時。
「ティナ……っ!!」
「!? ヴィセルフ様っ!?」
廊下を駆けてきたヴィセルフが、ぎろりとニークルを睨みつける。
次いで苦々しそうに顔を歪め、
「なかなか戻って来ねえと思ったら、コイツと会うために抜け出してやがったのか」
「へ? あ……と、ニークルと会ったのは偶然でして」
「偶然? んな
(おわー!! バレてるーーー!!!)
よりにもよって、一番見られたくない相手に見られてしまった……!
「えと、それはですね……っ!」なんて言いながら、思考はパニック状態。
(ど、どどどどうしよう……! あの子のことは言えないし、なにかいい言い訳を!!)
刹那、すっとニークルが私の半歩前に進み出て、
「相変わらずの余裕のなさだな」
「うるせえ。だいたい、テメエを招待した覚えはねえぞ」
「奇遇だな。俺もアンタを祝いに来た覚えはない」
「じゃあとっとと帰れ……!」
「ちょっ、ちょっとニークルっ」
慌てて服の裾をくんと引いた私に、ニークルが顔だけで振り返る。
と、大丈夫だと言いたげな瞳で軽く頷き、視線をヴィセルフに戻した。
「ティナが体調を崩していたから、静かな所で風にあたらせた。慣れない夜会で気疲れしたんだろう」
「なん、だと……?」
「ティナは他人の感情には機敏だが、自分のこととなると我慢し隠してしまう。それを追求し叱咤するのは簡単だが、俺は出来る限り見守り、危機には助けることに決めている。ティナの意志を、尊重するために」
それで? と。ニークルは挑発的に口角を上げ、
「アンタはティナを守ってやれないばかりか、自分の欲望を優先させ、追い詰めるのか。……こうしてアンタが俺の後に来るのは、二度目だな。ティナが俺と共に来る日も、そう遠くはなさそうだ」
「……っ!」
刹那、勢い良く近づいてきたヴィセルフが、私の腕をぐいと引いた。
わわ!? とよろけた私を支えるようにして、あっという間に横抱きにしてしまう。
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