第102話皆と会える最後のパーティーかもしれません

 よし、謎は全て解けた。

 ダンはきっと、使用人として庇護対象である私が間もなく解雇されてしまうことを、気にかけてくれたのだろう。

 おまけに貧乏っ子令嬢だし、そろそろ婚約を考えなければいけない年齢だ。

 家に戻ったらすぐにお見合いの話が出るかもしれない。


 お父様とお母様のことだから、あまりに酷い相手を連れてくることはないだろうけど。

 家の事情からしても、私に選ぶ権利はないはずだ。

 多少の我慢は致し方ない。誰も口にはしないけれど、ほぼ決定事項のようなものだ。


(だからダンは、そんな私の境遇を憐れんで)


 確実に育ちつつある恋の実よりも、見捨てられない目の前の"家族"を優先して。

 慈悲の心から、結婚なんて話を持ちかけてくれたのだろう。


(やさしいなあ、ダンは)


 だからといって、自分の身かわいさにダンを犠牲をするような真似はしたくない。

 私だって、ヴィセルフの恋敵といえど、ダンに感謝を捧げるひとりなのだから。


「ありがとうございます、ダン様。私をも気にかけてくださるそのお心遣いだけで、充分、救われた心地です」


「お? 振られたか」


「ダン様。ダン様がお優しいことはよく存じていますし、私も何度も助けて頂きました。ですが今回のようにご自身をないがしろにするような方法は、ダン様の幸せを願う多くの人を悲しませてしまいます。どうか、婚姻は心より愛するお方とお結びください」


 長い管楽器の音を響かせ、ダンスが終わる。

 挨拶に願いを込めて膝を折った私に、ダンは「うーん、やっぱりこうなったかあ」と頬を掻き、


「ま、今はここまでで引き下がるべきだな。けどな、ティナ。ひとつだけ覚えておいてほしんだが」


 周囲からの拍手が鳴り響くなか、ダンは私の手を取って、


「俺もな、結婚するのなら、心から愛する相手とがいいかな」


 心配ないと笑う姿に、私も安堵に「なら、安心しました」と破顔する。

 刹那、背後から両肩を支えられ、「わ」と顔だけで振り向くと、


「ほら、さっさと変わってくださいダン。次は僕とだと約束したでしょう」


「レイナス様」


「まさか俺たちが戻る前にいらっしゃるとは。いつもの余裕はどうされたんですか?」


「僕がのんびり待っていたら、次の曲が始まるまで戻ってこないでしょう? 指を咥えてもう一曲おあずけなんて御免です」


「残念、バレましたか」


「アナタとも長い付き合いですからね。さ、ティナ嬢。その手を僕に」


 レイナスが私を優しく見下ろしながら、右手を差し出した瞬間。


「俺サマが真面目に"仕事"をしてやっている横で、随分と楽しそうだったじゃねえか、ダン。これ見よがしにティナに近づきやがって、いったい何の話をしていやがったんだ?」


「大丈夫でしたか、ティナ。周囲の目がある中でこの方々に誘われては、断れませんものね」


「ヴィセルフ様、エラ様!」


 てっきりもう数曲踊るものだと思っていたけれど、どうやら早々に切り上げてきてしまったらしい。

 まあ、二人はファーストダンスも務めていたし、主役のヴィセルフに至っては挨拶周りもしないとだしね。


「なんなんですか、次から次へと。一曲逃してしまったじゃないですか」


 恨めし気に肩を落とすレイナスに、ヴィセルフが「はっ、ざまあねえな」と鼻で笑う。

 と、エラが私の手を取り、


「ティナの踊っている姿は初めて見ましたが、しなやかで、誠実で。とてもティナらしい、素敵なダンスでした。わたくしもパートナーとしてこの手を導けたら良かったのですが、公の場では、女性同士は踊れませんので」


 残念です、と視線を落とすエラの背に、しゅん、という擬音が見える。

 私は痛む胸をおさえながら「そ、それなら……!」とエラの顔を覗きこみ、


「次のエラ様とお約束しているお茶会で、少しだけ、私と踊っていただけませんか? その、まだまだダンスは不慣れで、踊れるのは基本的なステップと女性側だけなのですが……」


「ええ、ぜひ。ぜひとも踊りましょう、ティナ。二人で手を取り合って、心の赴くままに。なにしろ公の場ではなく、わたくしとティナだけの場なのですから、型通りの正しさなんて不要です。ああ、本当に、今度のお茶会が今から楽しみで仕方ありません」


 頬を薔薇色に染め微笑むエラが可愛らしくて、「私もです」と首肯する。

 良かった、元気でたみたい。

 安堵と愛らしさにニコニコとしていると、


「エラ嬢とも長い付き合いですが、こんなにも負けず嫌いだったとは。ふふ、初めて知りました。ああ、ティナ嬢の手は返して頂きますよ。次も逃すわけにはいきませんから」


「うーん、護衛として一緒に行こうとは思ってたけれど、さすがにお茶会の席までは入っていけないよなあ。なあエラ嬢、あとでちょっと交渉しないか?」


「あのな、俺サマはお前らと踊らせるために、ティナにダンスを教えたんじゃねえんだよ」


「それはヴィセルフ様のご事情にすぎません。それともヴィセルフ様は、ティナの美しい心遣いまでも"それは駄目だ"と否定なさるのですか」


「なっ、そういうワケじゃ……!」


「そうですよヴィセルフ。それに、ティナ嬢だって今後こうして踊らねばならない場も増えてくるでしょう? 腕を上げるには実地が一番です。誰も彼もが、僕らのように一等級の技量を持っているとは限らないのですから。ティナ嬢も貴族の一員ですしね」


「そうだなあ。興味本位で声かけてくる奴らも増えてくるだろうし。ティナだって大人しく背の後ろに隠れているような性格じゃないしな。色々と戦うためにも、俺らと数をこなしておいたほうが得策だろ」


 な、とダンに笑みを向けられ、思わず「うえっ!?」と変な声が出た。

 話の内容をまだ、うまくかみ砕けていなかったからだ。


(ええと、つまるところ皆は、私が貴族の娘なのに踊れないのを心配してくれていると)


 そして年齢的にも今後結婚相手探しに夜会に出るだろうに、下手なダンスじゃそもそも婚活戦場で戦い抜けないと。

 うん、その通り!!!!!


「ありがとうございます、皆さま。私の先々の人生まで心配していただけるなんて……!」


 ヴィセルフはもちろん、もしかしたら既に、エラとレイナスも私がクビになると知っているのかもしれない。

 そうだよね。今はこうして王城の侍女としてのよしみで一流のパーティーに出させてもらったり、仲良くさせてもらったりしているけれど……。

 家に帰ってしまえば、もう、お呼ばれされるなんてないだろうし。


 皆とも、ヴィセルフとも。

 もしかしたら今日のこのパーティーが、一緒に出れる最後になるかも。

 私は左手でぐっと拳をつくり、寂しさを打ち消して、


「ご迷惑でなければ、今夜のうちに、可能な限りの技術を詰め込めるだけ詰め込ませてください!」


 見上げた先。レイナスがふわりと目元を緩め、


「さすがはティナ嬢。アナタのそうした強さを、心より愛おしく思いますよ」


 ダンはニッと嬉し気な笑みを浮かべ、


「そうこなくっちゃな。ティナの常に前に進もうとするとこ、大好きだぞ」


「ティナ」


 優しい調べで名前を呼んだエラが、華麗な微笑みを咲かせる。


「疲れた時は、どうかわたくしの元に。安らぎの場はここにありますから、安心して、ティナの望むままに励んでください」


「レイナス様、ダン様、エラ様……!」


 感動に目が潤む。

 すると、ヴィセルフが「ったく、しょうがねえな」と緩く首を振り、


「利用できるモンは、利用しておけ」


「はい!」


 笑顔で頷いた私に、仕方なさそうにヴィセルフが笑む。

 温かい。けれどもうすぐ、お別れ。


(さみしい、なあ)


「さあ、そろそろ前の曲が終わりますよ」


 レイナスが促すままに輪へと一歩を踏み出した私は、「あ、そうだ」と思いつく。

 こんな、トップ中のトップである貴族な皆がここまでしてくれるのだもの。

 これで数年後、万が一その後を調べられた時に、やっぱり行き遅れましたでは申し訳なさすぎる。


「せっかくですし、ダンス中にぐっとくるアピールの仕方とかも教えて頂けませんか?」


 訊ねた私に、レイナスは困惑を隠すことなく眉根を寄せて、


「ええと、それはダンスがこなれて見えるようなアピールポイント、ということでしょうか」


「いえ、そうではなく。色仕掛け……といえばいいのですかね。相手の方が、思わずときめいてしまうような仕草といいますか。成功するかはわかりませんが、少しでも確率を上げればと」


「はい……っ!?」


 いつも冷静な彼の、珍しく上ずった声。

 肩を跳ねあげたレイナスの少し後ろから、「そんなの必要ねえ(ないぞ)(ありません)!」と三人分の声が飛んできた。

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