第101話護衛騎士様に婚約を提案されました!?
ご冗談を、と咄嗟に返せなかったのは、私を映す瞳がそれを許さなかったから。
(冗談なんかじゃない。本気だ)
でも、どうして?
ゲームでのダンは今よりも傍若無人なヴィセルフ相手でも、苦悩はあれど理解しようと努める、忠実な臣下だった。
そんな彼が主を裏切るのは、たったの一度だけ。
ヴィセルフがエラに対する不当な言いがかりを重ね、婚約破棄を宣言した卒業パーティーが最初で最後のはず。
それになのに、お店の計画に反対した? それも、理由が私の笑顔を守るためって……。
(エラの笑顔を守るため、なら、すんなり理解できるのだけど)
許せない、と言ったその目には、普段のダンにはない熱量を感じた。
裏切ってはいない。けれど、本気でその覚悟があるのだと。繋げた掌以上に確固たる意志が伝わってきて、私はますます戸惑う。
と、ダンはその瞳の熱を穏やかなものに変え、
「ティナ、俺やヴィセルフがもうすぐ城を出て、王都クラウン学園に通い始めるのは知ってるよな?」
「えと、はい。もちろん、存じ上げております」
「生徒の中には家から通学する者もいるみたいだが、俺たちは学園内の寮に留まることになっている。王家の伝統でな。入学したら、卒業までの二年間。全く戻ってこないってことはないが、こちらに顔を出す機会はほとんどなくなる。そうなると、侍女や使用人の数も、調整しないとでな」
「っ! それは、つまり」
私は今もしかして、解雇宣告を受けて――っ!?
「俺は城内のあちこちに顔を出すから、ティナが仕事を楽しんでいることも、使用人仲間を好いていることも知っている。きっとここが、ティナにとっていい環境なのも。けれどティナの雇用はあくまで"行儀見習い"だから、ずっと侍女として王城にってわけにもいかない。ティナだって、伯爵家の令嬢である以上、いつかは嫁ぐ必要があるだろ?」
「……はい」
どうしよう。
いつか必ずその時が来るのは、わかっていた。
けれどまさか、こんなにも早いとは。
(確実にゲームとは違った関係にはなっているけれど、まだヴィセルフがエラとハッピーエンドを迎えられるかは正直微妙だし……)
せめて、あと数か月。ヴィセルフが学園に入学するまでは、なんとか王城にいさせてもらえるようお願いして。
できるだけ好感度を上げてから、さよならさせてもらったほうが……。
「だからな。さっきも言ったけれど、総合的に考えて、俺はけっこういい物件だと思うんだ」
「……ん?」
「結婚相手。俺ならティナが望めば、結婚後も王城での勤務を用意してやれる。まあ、いちおう俺も"護衛騎士"としての立場があるから、今よりは出来る仕事は制限されちまうけどな。少なくとも、毎日ドレスで着飾って、お茶会と淑女のレッスンを繰り返すだけの生活にはしないぞ」
「え……と」
え? もしかしてもしかすると、これってダンに口説かれていたりします???
(うそ!? だってエラが好きなんじゃないの!!?)
あ、まだそこまで好感度上がり切ってない感じ??
ゲーム開始前だもんね!
だとしても、だとしてもだ。
そりゃ、実際ダンとは上手く付き合えているとは思うけれど、いわゆる恋愛絡みにありがちな甘い雰囲気なんて一切皆無だし。
こんな急に、将来を左右するような大事なお誘いを私相手にするなんて……。
うん。絶対なにか裏の意図があるに違いない。
(パートナー役を申し出てくれたレイナスみたいに、間接的にエラに嫉妬させようとしている?)
仮に、本当に私と婚約関係になったとしても、ダンはいつだって破棄できるだろう。
だって次期国王の護衛騎士と、辺境の傾斜伯爵家の令嬢。力関係は明らかだし、誰がどう見ても、不釣り合いな婚約だから。
けれど私の知るダンは、そんな回りくどいことをするような人には思えない。ヴィセルフに敵意のない私を、無意味に傷つける方法を好むとも。
だとしたら。この話は正真正銘ダンの善意からの提案で、問題はどうしてダンがこんな自身を切り売りするような考えに至ったかで――。
(あ、そういえば)
いつだったか、私が根詰めすぎて食堂で唸っていた夜に、ホットミルクを作ってくれた料理長が呟いていた言葉を思い出す。
「俺はな、ダン様に救われたんだよ。前のお屋敷でしょっちゅう"飯がマズい"って皿を投げつけられていたんだがな。ダン様が、"それなら彼を譲って頂けますか"つって連れて来てくれたんだ」
なんでも当時の王城は使用人の入れ替わりが激しく、例にもれず料理人も常に人手不足だったという。
理由は言わずもがな、ヴィセルフで。彼の不興を買って解雇される人もいたし、その傍若無人たる振る舞いに辟易してしまい、自ら辞めてしまう人も後を絶たなかったらしい。
料理長の食事は幸い、ヴィセルフの口に合ったらしく。
突発的な気紛れに振りまわされつつも、それでもここは知っている中では一番に恵まれた環境だったと、懐かしそうに目を細めた。
「俺だけじゃねえ。今の、特に長い連中には、俺みたいにダン様に引っ張ってきてもらったやつも多い。そんな経緯があるから、俺たちがダン様に感謝を捧げるのはまあ、おかしなことはないんだが……。ダン様は、昔っから俺たちを"家族"だって言いやがる」
「家族、ですか?」
「ああ。同じ屋根の下で、生活を共にしているからってな。無茶苦茶な理論だろ? けれど"家族"だからこそ、多少の我儘も甘えも、互いに許されるだろって。まあ、小さい頃からやんちゃやってたヴィセルフ様を庇うつもりだったのかもしれないが、それでも実際に、ダン様はいつだって俺たちを気にかけてくれたよ。労働環境からプライベートな恋の応援まで、色々とな」
だから、俺はダン様の"お願い"にはめっぽう弱いんだ。
そう言って頬を和らげた料理長が、いったいどんな"お願い"をされていたのかは尋ねなかったけれど。
(そうか、ダンにとって使用人は、"家族"として大事にする対象なんだ)
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