第100話護衛騎士さまとダンスでございます

 途端、レイナスが両目を細め、


「その手を離してください、ダン。アナタはもう少し気が回る男だと思っていました。この場でダンスに誘うなど、これ以上ティナ嬢に負担をかけるのは――」


「せっかくあれだけ練習したんだ。ティナだって、本番でどれだけ踊れるのか、試したいんじゃないのか?」


 え、と短く発したのはレイナスで、私は彼の驚きまなこを受けながら「それは……」と口ごもる。

 正直、ある。

 マダムもヴィセルフも私のダンスを褒めてくれたけれど、それはあくまで"練習"での話だ。

 本番で、どれだけ通用するのか。

 今後のことを考えても、現段階での力量を知っておきたい気持ちがむずむずと……。


「やっぱりな」と口角を上げるダンの反対側で、レイナスがどこか焦ったように「ティナ嬢、ダンスの練習をされたんですか?」と訊ねてくる。


「あ、はい。ヴィセルフ様のレッスンに加えて頂きまして」


「僕としたことが、まったく気が付きませんでした……」


「はは、でしょうね。ティナのレッスンは、極秘中の極秘でしたから。この城の使用人ですら、ほんの一部の人間しか知らないはずです」


 いやあ、大変だったなあとしみじみ呟いたダンは、「なあ、ティナ」と私に視線を戻し、


「俺、ずっとティナと踊りたくってな。今日までひたすら耐えに耐えた褒美に、ティナの最初のパートナーを務めさせてくれないか?」


「待ってください。ティナ嬢が踊れるのなら、話は別です。今夜のパートナーは僕なのですから、最初のダンスは僕と踊るのが道理では」


「ダンスを申し込んだのは、俺が先です。ってことで、ティナ。どうか受けてくれないか?」


 掴んだ手はそのままに、ダンがもう片方の手を差し出してくる。

 私は少しだけ迷ってから、


「失敗、してしまうかもしれません」


「いいさ。俺が支える」


「足が滑って、転んでしまう可能性も」


「その時は、一緒に"やっちまったな"って笑えばいいさ。心配するな。俺とティナなら、うまく楽しめる」


 そう、だろか。うん、そうかもしれない。

 だってダンはいつだって物事を上手く収めてしまうし、先ほどの指摘しかり、私の性格もしっかり把握している。この誘いだって、けして完璧は求めていない。

 二カリとした頼もしい笑みに、私もつい、頬が緩んだ。緊張が解けたともいう。


 ダンの差し出す手に、了承の意図を込めてもう片方の手を乗せる。

 ダンが嬉し気に頷いたのを確認してから、レイナスへと顔を向けた。


「申し訳ありません、レイナス様。結果はこの目で確かめたい性分でして……。行ってまいります」


「ティナ嬢がそうおっしゃるのなら、仕方ありませんね。では、ダンの次は僕と踊ってくださると約束してください」


「はい、必ず!」


 音楽が切り替わる。先ほどよりも、軽やかな調子の旋律だ。

 途端、周囲からわっと何組ものペアが踏み出した。中央で踊るヴィセルフとエラを囲むようにして、見事な円形を象って踊り出す。


 私もダンに導かれて、その輪に加わった。

 練習でのステップを思い出しながら必死に音楽に合わせる私に、ダンが「ティナ、もっとリラックスして平気だぞ」と笑う。


「リードは男側がするからな。それともパートナーが俺だと、信用ならないか?」


「へ!? すみません、そんなつもりじゃ……!」


「わかってる、冗談だ。少しは肩の力抜けたか?」


「うう、ダン様。お気遣い頂けるのはありがたいのですが、やり方が少々意地悪くないですか」


「悪かったって。久しぶりにティナに会えたからって、ちょっと浮かれすぎたな」


 ダンは私をくるりと回すと、器用に軽く肩を竦めて、


「近頃はパーティーの準備に追われて、殆ど話せてなかったからな。かたやヴィセルフはティナと二人で、ダンスレッスンまで始めるし。これはちょっと分が悪いかなって、少し焦ってたんだ」


 分が悪い? いったい、何を示しての"分が悪い"なのだろう?

 疑問にぐるぐると思考を巡らせる私に苦笑して、ダンが「ま、ともかくだ」と話題を変える。


「こうして念願叶ってティナと踊れたし、"最初のパートナー"の名誉も手に入れたし。この日のために走り回ったかいがあったな」


「名誉だなんて、大袈裟です。あ、それと、パーティーが終わったらちゃんとお休みくださいね。表情で上手く誤魔化していらっしゃいますが、やはりお顔に疲れがみえます」


「そうか? それなりに寝ているつもりなんだが、ティナが心配してくれるのなら激務も悪いもんじゃないな」


「もう、誤魔化さないでください。料理長も心配されてましたよ? 先日、新作の調達の件でお会いした際に、酷くやつれてらっしゃったと」


「はは、それは次までに体調を整えておかないとだな。料理長に目を付けられたら、夕食が三倍にされる」


「料理長、これは自分の出番かなとウキウキされてましたよ。他の料理人の皆さんも、口にはしてませんが、目がぎらついていましたし」


「そりゃ大変だ。ウチは食わせたがりが多いからなあ」


 のんびりと笑ったダンが、ふと、私を見つめて瞳を緩めた。


「"mauve rose"の仕事も、楽しんでるみたいだな」


「はい! あ、でも、ダン様には新作を入れるたびに調達に動いて頂いて……ご迷惑をおかけします」


「ん? いやいや、迷惑だなんて思ったこと一度もないぞ。それよりは、誇らしい気持ちになる方が多いな。これで今回もティナの手助けになってやれるって。まあ、俺の自己満足だけどな」


「そんなことありません! お店で私の希望した菓子が提供できているのは、ダン様のお力添えがあってのことです。本当に、感謝しています」


 真剣に見上げて告げた私に、「ありがとな、ティナ」とダンが少し恥ずかしそうにはにかむ。

 その少年らしさを残した笑みに、おお……これはちょっとしたギャップ萌えでは? なんて思っていると、


「実はな、ヴィセルフから"mauve rose"の構想を聞いた時、俺は反対だったんだ」


「え……? そう、だったのですか」


「ああ。あの店は、そもそもティナありきの計画だろ? 作業量も、責任も。ティナの負担が大きすぎて、必要以上に気負わせてしまうんじゃないかって心配だったんだ。確かに成功すれば、得るものは多い。とはいえヴィセルフの功績と引き換えにティナが苦しむようじゃあ、とても俺は賛成できないからな。ティナの笑顔を奪うモノは、たとえヴィセルフだろうと、許せない」


「――っ」

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