第99話王子とヒロインのダンスは努力の結晶です
エラの手をとりホールの中央に向かうその背からは、せっかくの想い人とのダンスだというのに、歓喜も緊張も一切伝わってこない。
それは隣のエラも同様で。
少なからず、結婚を望む相手とのダンスなら、もう少しこう、甘い雰囲気があってもいいんじゃあ……。
おかしいな? と心中で首を捻っていると、手を取り向かい合った二人を見つめて頬を上気させる、ご令嬢方のひそひそ声が耳に入った。
「久しぶりに拝見できますわね、ヴィセルフ様とエラ様のダンス……!」
「ええ、やっぱりお二人がこうして中央にいらっしゃると、全ての明かりがお二人だけを包んでいるように見えますわ……!」
あ、そっか。私には目新しいけれど、この二人は夜会でのダンスなんて慣れっこなのか。
納得の一呼吸の間に、音楽が切り替わった。
パーティーの始まりに相応しい、軽快ながらも華やかな音楽に合わせ、二人が踊り始める。
「……わあ」
麗しき二人の息の合ったダンスは、それはそれは光りと称賛を纏うに相応しい美しさで。
絵画のごとき光景に思わず感嘆の声を漏らすと、レイナスが小声で、
「ティナ嬢は、あの二人のダンスを見るのは初めてでしたか。ヴィセルフが参加を渋っていた時期もありましたが、さすがは五歳の頃からペアを組んでいるだけあって、見事なダンスでしょう?」
「え、五歳から、ですか?」
と、ダンが私の疑問を引き取り、
「ああ。二人が婚約を結んだその年に、"お披露目"があったからな」
「その年に、五歳のお二人が"お披露目"としてダンスを!?」
私が五歳の頃なんて、レッスンと言えるものはお母様からの指導だけ。
日々の大部分は草原を走り回って木陰で昼寝をしたり、木に実った果実をこっそり譲ってもらって、そのまま畑でかぶりついたりと、田舎ならではの大自然を満喫していたような。
(そういえば、ヴィセルフとエラが婚約を結んだ年って、ゲームでは詳細に出ていなかった気が)
ダンスを。あの、厳しいレッスンを。
五歳の子供がたったの一年……ううん、きっと、ほんの数か月で会得して。大人の前で、"お披露目"をしていたなんて……。
絶句に近い私の驚愕を察知したのか、ダンは「まあ、でも」と苦笑交じりに肩を竦め、
「ヴィセルフは王族の一員としてダンスのレッスンはとっくに始まっていたし、エラ嬢はエラ嬢で、公爵家のご令嬢だからな。王城でのレッスンに参加した時には既に基礎は完璧だったから、二人で合わせるのもそう苦戦した様子はなかったかな」
「そうでしたか……」
少しだけ、ほっとしました。
そう告げた私に、今度はレイナスが複雑な笑みを浮かべる。
「王族の婚約者にそれなりの身分の相手が選ばれるのは、そうした事情も大いにあるのですよ。年がいくつであれ、選ばれてしまえば"慣例"が付きまとう。爵位持ちのご令嬢ならば、大多数が幼い頃からその家名に相応しいだけの教養を受けていますから」
はあー、なるほどなあ。
王族の婚約者に上位の爵位持ちが選ばれるのって、単に接点の関係とか政略的な問題なのかなと思っていたけれど。
ある意味、平民や私みたいな教養を受けていない人間を選ばないのって、配慮の一つと言えるのかも。
「今更ですけど、王族の婚約者って大変なんですね」
「ですがそれも、この国の話です。僕の国では王族も恋愛結婚を認められていますし、実際、兄上が婚姻を結んだ相手は海を何日も渡った先の国の方で、マナーどころか文化から全く異なっていましたし。なにぶん小国なゆえ、畏まった場も稀です。焦らずゆっくり、確実に。必要な作法を身に着けるサポート体制は万全ですので、安心して嫁いできていただけますよ」
「は、はあ……」
なんかセールストークをされているようだけど、これって"一番に好きな友達"宣言された私からエラへと伝わることを期待しているのかな?
(うーん、残念だけど、私もエラが隣国に行っちゃうのは嫌なんだよねえ)
と、反対側に立つダンがそっと腰を屈め、私の耳元で囁く。
「レイナスはああ言っているけれど、結局は王族の嫁だからな。その点、俺のお嫁さんならもっと自由に自分らしく暮らせるぞ」
至近距離でパチリとウインクをしてみせる姿に、ちょっとだけ心臓が跳ねた。
自由に、自分らしく。エラにとってもこのワードってかなりポイント高いだろうなあ、と思っていると、
「その言い方はズルいですね、ダン。アナタだって王族に仕える護衛騎士。婚約者を持てば、こうした席に連れたつ必要があるでしょう?」
「まあ、それはそうですけど、王族の嫁に比べたら注目度も求められる振る舞いも、天と地とほどの差があるので。アピール出来る部分はしておかないと損でしょう?」
「ですがなにも今、僕の口説きに便乗しなくたっていいでしょうに」
「どんなに小さくとも好機は好機。逃したら、次がいつになるかなんてわかりませんから。決闘の基本ですよ」
表面上は笑顔のまま、バチバチとぶつかる視線は穏やかじゃない。
ええと、お二人とも。ヴィセルフとエラがいないのをいいことに、けん制し合うのはいいのだけれど、私を間に挟むのは止めていただけませんかね!?
(そんなに私を味方につけたいのかなあ?)
どうやらエラ自身から"一番に好きな友達"と宣言された効果は絶大のようだ。
ううーん、ここはひとつ、私は既にヴィセルフ様を応援しておりますのでと立場表明をするべきなんじゃあ……。
「っと、そろそろ終わりそうだな」
呟いたのはダンで、「そのようですね」と同意したレイナスが私ににこりと笑みを向ける。
「あちらで飲み物と軽食を頂いて、テラスにでも出ましょうか。ここに来るまでも、人の目が多くてお疲れになったでしょう?」
「ん? なんだ、それなら」
刹那、ダンが私の右手を掬い上げた。
腰を軽く折って、私の指先を口元に寄せる。
「休憩の前に、一曲相手を頼めるか?」
「え? 私、ですか?」
「ああ、ティナがいいんだ」
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