第98話ヒロインは恋愛よりも友情が優先のようです

(やっぱりレイナスが私を"パートナー"にしたのって、エラの気をひくためだったんだ……!)


 ヴィセルフがそんなレイナスを見越して、監視を付けていたのにはびっくりだけど……。

 うん、愛だね。愛。

 ちょっと過剰な気もするけれど、元が乙女ゲームの世界だからセーフってことで!!


 私もヴィセルフ様の味方です! 監視でもなんでも致します!!

 挙手して加勢しようとした刹那、「で?」とヴィセルフの視線がエラに向いた。

 反射的にぐっと言葉を飲み込むと、


「あの花は、どういうことだ」


(いやだから顔っ!!!!! 顔こわっ!!!!!????)


 確かによくよく考えてみれば、今日のヴィセルフは"花無し"で。

 だというのに私がいかにもエラと揃いの"青い花"を飾っていたら、良い気がしないーってのも理解できるんだけどさ???

 だからってそんな険しい顔を、愛しい婚約者に向けます??


「ええと、申し訳ありません、ヴィセルフ様。これはエラ様が私の緊張を解こうと――」


「好いた相手と揃いの"花"を飾ることに、なんの問題がありましょうか」


「なあ……っ!」


「エラ様……!?」


(いや嬉しいけれど、その返答は逆効果だよね!?)


 刹那、エラの瞳が私に向いた。

 水面のような表面に、シャンデリアの明かりが瞬いて潤む。


「ティナは、わたくしがお嫌いですか?」


「まさか!! 大好きです!!!!」


 瞬時に叫んでから、しまった! と口を抑えるももう遅い。

 眼前には、唖然とした顔で呆けるヴィセルフ。

 ダンは「あーあ」と額を抑え、レイナスは苦笑気味に「これはこれは、してやられましたね」と肩を竦めている。


(やばい、早くフォローを……っ!)


 ますますヴィセルフが機嫌を損ねて、天邪鬼な態度をエラにぶつけてしまったらマズい……!

 と、エラがヴィセルフの前を横切ってきたかと思うと、私の両手を救い上げた。

 頬を上気させ、薔薇のような唇で微笑む。


「嬉しいです、ティナ。わたくしも、ティナを一番にお慕いしております」


(あーあーかわいいなーーーーもうーーーー!!)


 なるほど理解。ゲーム開始前である今のエラにとっては、恋愛よりも友情が優先らしい。

 正直、すごく嬉しい。きっと沢山いるだろうご友人の中から、私を一番だと言ってくれる心遣いも。


 けれどそれだとエラにとっての"一番"が、ヴィセルフじゃないってことになるわけで……。

 その点においては、ヴィセルフの幸せを願う立場として、ちょっぴり複雑というか。


「な、な、な……っ!」


 衝撃を隠せずに固まるヴィセルフに、胸中でほろりと同情の涙。

 うんうん。こんな面と向かって"恋愛より友情です"なんて言われたら、ヴィセルフもそりゃショックだよね。

 婚約者という立場にあるにも関わらず、ちゃんとエラの心を振り向かせようと、あんなに頑張っていたのに。

 すると、そんなヴィセルフの肩にダンが手を乗せた。


「さて、じゃれるのはここまでだな。いい加減、そろそろ始めないと、変に思われるぞ」


 な? と柔い視線を受けたエラが、双眸をゆるりと細めて小首を傾げる。


「ダン様は、随分と余裕がおありのようで」


「ん? ああ、だって、あんな誘導じみた聞かれ方をしたら、そりゃティナなら"大好き"だって返すさ。ティナとはそれなりに深い付き合いだし、あの"大好き"が特別な意味を持っているかどうかくらいは、想像がつくからな」


「……そうですか」


「おい、ダンてめえ、なんだその"それなりに深い付き合い"ってのは……!」


「ヴィセルフ。アナタはもう少し、落ち着いて考える余裕を持ったほうがいいのでは? 疑わしき全てに牙を向けていては、本当に狩るべき時を見誤りますよ」


「ああ!? あのな、レイナス。テメエは知らねえだろうが、有害な草ってのは根が張る前に取っちまわないと、気づいた時には作物全部がダメに――」


「おや、いつの間に農耕に興味を? 朝食に出されたフルーツの名前すら、正答を出せなかったのに」


「いつの話をしてんだっ!」


「はは、まあ、この通りしっかり効く相手には効いているし、全くの無駄ではないと思うけどな。悪いが俺には、あまり効果はないみたいだ」


 腰に手をあてるダンのニカッとした笑みを受けたエラが、「ご丁寧に、ありがとうございます。また別の策を考えて参ります」と恭しくスカートを摘まみあげる。

 それからくっと顎を上げ、「ヴィセルフ様」と凛とした声で呼んだ。

 右手をゆるりと差し出す。エスコートを待つ手の形だ。


「これもまた、私達の求める未来のため。ご理解をお願い致します」


(私達の求める未来……?)


 エラとヴィセルフが二人きりの場で、どんな未来の話をしているのかなんて知らないけれど。

 これってもしかして、エラも現段階ではヴィセルフとの結婚を望んでいるっていう意味で……!?

 ひゃあああああとテンション爆上がりの私に対し、当のヴィセルフはなぜだか異様に険しい表情で、


「言われなくとも、必要な仕事はちゃんとやる。つまんねえ理由で計画を潰されるワケにはいかねえからな」


 こ、このツンデレめえええええええええええ!!!!!!!

 いやツンデレならばここは圧倒的デレの場面だったよね!!!????


 なんで!!!??

 なんでこんなタイミングで全力のツンをかますの!!!???


(これもヴィセルフとエラを婚約破棄させようとする、ゲームの強制力だったり!!?)

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