第97話誕生日パーティーの主役にご挨拶をせねばです

(盲点だった……。ゲームだとプレイヤーはエラ目線になるから、エラの乙女ゲームたる攻撃を受けるなんてあり得ないし)


 ふう、この攻撃を受けたのが冷静に状況を判断できる私で良かったよ本当。

 まだ胸がドキドキしちゃっているけど、ちゃーんと親愛の情からの言葉だって理解してますから!


(ヴィセルフの誕生祝いパーティーなんて、婚約者のエラも何かと気疲れするだろうになあ)


 私の心配までしてくれて、こうして花も分けてくれるなんて、エラはやっぱり優しくて慈悲深い……!


(って、マズい!)


 こんなエラの笑顔をみたら、レイナスの持つ好感度も一気に上がってルート解放されちゃうんじゃ……!


「抜け駆けは感心しませんねえ、エラ嬢」


「あら、レイナス様が言えたお立場でしょうか」


「どうしたものか、同じ王城内にいるというのに、不思議なまでにティナ嬢には中々会えませんからねえ。今のところ一番にハンデがありますし、この程度は可愛いものとして見逃してくださっても良いのでは?」


「ご冗談を。友好国の王子が主催する夜会に"パートナー"として伴う行為が、"可愛いもの"だなんて。その影響力は、レイナス様が何よりご存じでしょうに」


(あ、あれ?)


 何やら笑顔で言葉を交わす二人には、特別これまでと変わった雰囲気はない。

 レイナスが見ていなかった、なんてことはないだろうし……。


(単にまだ好感度が規定値に達してないからかな……?)


 パラメータが見えないから憶測でしかないけれど、うん、ともかくルート解放が避けられたのなら良かった!


「ありがとうございます、エラ様」


 告げた私に、言葉を切った二人分の視線が向く。

 私はエラに飾ってもらった花を確かめるようにして、自身の耳上に手を伸ばした。

 柔く触れた花弁は、そのどれもがみずみずしい。


「お花、飾ってくださって、とても嬉しいです。実は少し、憧れていたんです」


「ティナ……! なら、今夜はわたくしと過ごしてくれますか」


「ティナ嬢、ティナ嬢。花をご所望ならば、今すぐに僕の色も用意させますよ。ですのでどうか、このまま僕をアナタの側に」


「ええと、それについてはですね……」


 二人に返答しようとした、その時。音楽が切り替わり、奥の扉が開かれた。

 前に進み出るのは、今夜の主役であるヴィセルフ。その斜め後ろには、従者騎士のダンが。

 低頭する周囲に合わせスカートを摘まみ上げた私は、一礼の後に再びヴィセルフの姿を見遣って、納得した。


 艶かかなパールホワイトの生地には、眩い金糸の刺繍がたっぷりと。

 優美な曲線を描くマントはヴィセルフが動くたびに裏地の紫がちらちらと覗き、その特別な立場を周囲に知らしめる。


 私がちらりと視線だけで確認したのは、隣に立つエラの花飾り。

 使われているのは青と紫だけで、あれ? ヴィセルフの色は? と引っかかっていたのだけれど、なるほど紫がヴィセルフのマントから選抜した色なのだろう。


 ちなみにヴィセルフは"花無し"だ。

 今夜はただの夜会ではなく、国の正式行事でもあるため、胸には国章のブローチが付けられている。ダンも同じだ。

 ヴィセルフは微塵の動揺もなく、堂々たる様子で前を向き、


「今宵の参列、感謝する。存分に楽しんでいってくれ」


 短い、おそらくは形式的な台詞。

 それでも私からしたら、真面目に"王子"を勤める姿はすっごく新鮮だ。

 と、隣に立つレイナスがそっと腰を屈めて、


「この後、ヴィセルフとエラ嬢がファーストダンスを踊り、それを合図にパーティーの開始となります」


 耳元で囁くレイナスに、私も声を潜めて「ありがとうございます」と耳打ちをした刹那。

 秘めやかなざわめきを感じて顔を戻すと、大股でこちらに向かってくるヴィセルフとバッチリ視線があった。

 いや、まあ、ダンスのお相手であるエラが隣にいるわけだし、それ自体はなにもおかしくはないのだけど。


(ちょっ、顔!! なんでそんな怖い顔してんの!!?)


 ドレスは仕立ててもらった一級品だし、メイクも髪のセットもちゃんと綺麗にしてもらった。

 失礼な個所などないはずで……。


「え、えと、今夜はお招きいただき、ありがとうございますヴィセルフさ――」


「十七歳の誕生日、おめでとうございます、ヴィセルフ。今年はきちんと挨拶があって、安心しました」


 緊張に強張る私を隠すようにして、横からレイナスが半歩前に出る。

 と、ヴィセルフは不機嫌な眉尻を跳ね上げ、


「ティナよりも随分と早くに部屋を出たと報告を受けていたはずなんだが、どうしてテメエがティナの"パートナー"になってやがる」


「おや、やはり既にご存じでしたか。そうですね、その問いに答えるとするのならば、僕の部下は僕を応援してくれていて、さらには揃って優秀な面々だから、とでも言いましょうか」


「今度から部下まで監視を付けなきゃなんねえのかよ……。おい、ダン。手配しておけ」


「ああ、最優先で処理しておく。こっちも協力者は多いしな」


「ふふ、エラ嬢もですが、お二人も少々僕に厳しすぎでは?」


 と、爽やかに笑んだダンが恭しく手を胸に当てながら、


「レイナス様は他国のお方ですから。"万が一"すら、起きては困るんです。目の届かない地に連れていかれては、たまりません」


 こ、これはもしかして、既にエラの取り合いが始まってる……!?

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