第96話ヒロインの花飾りをいただきました
ヴィセルフの誕生祝いパーティーの会場となっているのは、王城の敷地内の一角に存在する、独立型のダンスホール。
二階のテラス奥に見える窓の内側では豪勢なシャンデリアが輝き、一階の開かれた扉から届く優美な生演奏は、招待客を高揚させ。
周辺には行き交う色とりどりのドレスに飾られた花と、鮮やかな色彩が夜の黒を彩っている。
きっと私ひとりなら、どれだけ人が多かろうと誰に注目されることもなく、密かに会場に入れたに違いない。
けれど予想通りというか、レイナスと共に会場に近づくにつれて、驚愕やら嫉妬やらの視線が刺さる刺さる。
誤解です! 私は単なる防波堤なんです! なんて胸中で叫びつつ進んでいると、
「そんなに緊張せずとも、僕の側で、僕だけを見ていてくれれば安全ですよ」
なーんてレイナスがこれ見よがしに私に顔を寄せて囁くもんだから、ご令嬢方の色んな感情の入り混じった悲鳴まで轟かせてしまった。
うう、これは今夜はひっそり流行りのリサーチなんて無理な気が……!
驚くほどスムーズに受付を済ませ、ふかふかなカーペットの敷かれた螺旋階段を上がると、目の前には扉の開かれたダンスホール。
会場内に踏み入れた途端に広がるざわめきに、「あああ、だよね!?」なんて思っていると、
「ティナ……っ!」
「! エラ様!」
ぱっと顔を輝かせ、早足でまっすぐに向かってくるのは、サファイアブルーの生地と銀糸が煌びやかなドレスを纏ったエラ。
自然と出来た道をわき目もふらずに進んでくると、何に気づいたのか、さっと顔を曇らせた。
途端にどこかフラフラとした足取りで残りを歩いてくると、唇を微かに震わせて立ち止まる。
「エ、エラ様? どこかご気分が優れないので――」
「ティナ。これは……どういう、ことでしょうか」
「へ?」
これとは? と疑問に首を傾げた私に、エラは視線をすっと私の手元に流して、
「その手をこの方の腕に預けているのは、ティナが望んでのことでしょうか?」
「手……? あ、いえ! これには深いワケがありまして!」
せっかくエラとはいい関係を築けてきているのに、ここで『レイナスに擦り寄る、身の程知らず』なんてレッテルを貼られたらたまらない。
私は急いでレイナスの腕から手を引き、
「その、私は夜会に不慣れですし、お互いに"花飾り"もありませんでしたので……! 私がヘマをしないよう手助けくださるというレイナス様のご親切に甘えて、お願いさせて頂いたのです!」
表立って「ご令嬢避けです!」とは言えないので、体裁がいい事実だけをかいつまんで伝え、否定する。
と、私の必死な様がおかしかったのか、レイナスは「ふふ」と小さく噴き出し、
「そこまで力一杯否定されると、少々胸が痛みますね。僕はティナ嬢のパートナーの座を手に入れて、こんなにも浮かれているというのに」
「は! 申し訳ありません、レイナス様! せっかく気を遣って、お誘いくださったというのに」
「構いませんよ。多少認識のズレはありますが、ティナ嬢からの申し入れではなく、僕からのお誘いを受けいれてもらったというのは事実ですから」
にこりと笑んだレイナスは、次いでエラに視線を向け、
「経緯はどうであれ、今夜のティナ嬢は僕のパートナーです。ティナ嬢は夜会に不慣れとのことですし、影のごとく横につき、それこそ僕以外を必要としないまでにしっかりとエスコートさせていただきますので、皆様はどうぞ、それぞれの"役割"に専念くださって結構ですよ」
ねえ、ティナ嬢。
そう言ってレイナスは"パートナー"としての意気込みを示すためか、私の腰に手を寄せてそっと引き寄せる。
(あ、違うな。これは意気込みじゃなくて、"ご令嬢避け"のほうだ!)
ご令嬢の中でもトップに位置するエラの前で"いかにも"な風に身体を寄せあう私達は、周囲から見たら立派なカップルに見えるだろう。
とはいえ互いに"花飾り"はないし、私相手じゃ諦めのつかないご令嬢も多いはず。
けれどそれでもフリーの状態に比べたら、それなりの防波堤に――。
(ん? 待って)
レイナスが既にエラに惹かれているとして、他のご令嬢方に言い寄られて無用な誤解を招かないためにも、私を"ご令嬢避け"にしている場合。
こうした"いかにも"な仕草って、もしかして、レイナスからエラへの『言葉にせずとも真の目的が"ご令嬢避け"だと気づいてくれアピール』だったりする?
なんなら私を"当て馬"にして、未だレイナスに興味を示さないエラの嫉妬心を煽ろうなんて作戦だったり……?
(どうしよう、これでエラが本当に私への嫉妬を抱いちゃって、レイナスへの好意を自覚! なんて流れになったら……っ!)
そうだよね。本音ではエラを誘いたくても、婚約破棄をしていない今はヴィセルフの婚約者だし。
それならこうして別の人間を連れたって、少しでも気を引こうとアピールした方が堅実というか――。
途端、沈黙を保っていたエラが「ティナ」と私の名を呼んだ。
その頬はどこか強張っていて、響く声は澄んでいるのに、なんだか硬い。
(え、うそ、まさか本当に――っ!?)
「不慣れな場こそ、気心の知れた相手が側にいるべきではないでしょうか」
「……え?」
「レイナス様はその肩書きもさることながら、周囲からの興味をひきやすいお方にございます。仮初とはいえ、そんなお方の"パートナーのふり"は、ティナには少々荷が重いのではないでしょうか。わたくしならば、同じ"女性"としての手助けも可能ですし、わざわざ偽りのパートナーとしての振る舞いを求めることなく側にあれます」
エラの白い指先が、自身の頭に飾られた花を一輪、引き抜いた。
青い、エラの色をした花だ。
その優美な、小鳥を撫でるような仕草に目を奪われている間に、エラは私へと一歩を詰め、
「ティナの隣に相応しいのは、他の誰でもなく、わたくしではないでしょうか」
伸ばされた指先が、私の髪にそっと花を飾った。
眼前では、なんとも愛おし気に華やいだ笑みが咲き、
「わたくしの色、とてもよく似合いますね、ティナ。これでティナも"花持ち"です」
「~~~~~~っ!!!!」
おっわーーーーーーー!!!!????
な、え??? 大丈夫わたし息してる!!!???
いやもう、さすがはヒロイン・オブ・ヒロインのエラというか、え??? 最強すぎない???
こんなエラ直々に彼女色の花を飾られて、極上スマイルと共にあんな台詞をかまされたらさ?????
普通に口説かれてるのかな? とか思っちゃうし、コロッとおちちゃうよね????
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