第95話花を持たない同士のはずなのですが

「どうです? 僕の顔はよく見えますか?」


 薄暗い回廊で微笑むレイナスを縁取る、青白い月明り。

 貫く瞳はどこからか反射した月光をはらんで、情緒たっぷりに艶めき――って、いやいや。


 お願いだからゲーム開発者連れて来て!!!!!?????


 え? 『月明りの味方する夜』だなんてイベント、ゲームにありませんでしたが?????

 いや確かに今はゲーム開始前だけど、これはいかにも乙女ゲーム向きのシチュエーションっていうか。

 どう考えてもこのレイナスで、スチル解放すべきじゃない????


(どうしよう今すぐ写真でも撮ってレイナス推しの方々に拡散したい……!)


「いかがしました? ティナ嬢」


 麗しく小首を傾げてみせる仕草にもたっぷりの色気が含まれていて、思わず胸中で「カメラーーーーー!!!!!!」と叫びながらも表面上はくっと喉を詰まらせるに留める。


 いや本当、体験出来ているのが私だけっていうのが、勿体なさすぎるのですが。

 合わせて言うのなら、自分の容貌を完全に把握している"この"レイナスが、これからこうやってエラにアプローチをかけていくのかと思うと……。

 うん。正直、不安すぎる。


(ヴィセルフはこういった、惑わす系のお色気は皆無だからなあ……)


「……レイナス様は、罪作りなお方ですね」


 呟いた私に、レイナスが「罪作り、ですか?」と不思議そうに尋ねる。


「はい。だってレイナス様はご自身の見目を、誰よりもご存じですよね。見つめる相手の呼吸を奪う瞳を持ちながら、月明りまで味方につけては、きっと誰もが夢のような夜を終わらせる朝陽を恨んでしまいます」


 ゲームでのレイナスは女性の扱いに長けていたし、明確な記載はなかったけれど、立場的にもそれなりに女性を相手にした駆け引きに慣れているのだろう。

 こんな抜群のシチュエーションで、恋愛小説の疑似体験などさせられたら、そりゃ「レイナス様……!」ってなってしまうのも無理ないわけで。

 それこそエラだって、ぐっと心を掴まれてしまってもおかしくはない。


(阻止を……! これはここでいい感じに阻止をしておかねば……!)


 私は使命感を胸に、触れるレイナスの指先にそっと自身の掌を重ね、


「輝かしい太陽が無実の罪に陰り、姿を隠してしまっては困ります。ですのでどうか、月明りを味方にされるのは、今夜これきりに」


 瞬間、レイナスは面食らったように目を丸めた。

 それからふ、と口元を緩ませ、苦笑を浮かべる。


「その言葉に込められた想いが太陽への慕情ではなく、他の者への嫉妬なら良かったのですが」


「へ?」


「ティナ嬢も、なかなかに罪作りなお人ですね。ああそれと、僕はティナ嬢が考えられているより、ずっと紳士的な男ですよ。不確かな月の光さえも借りたいと願ってしまうのは、アナタの前だけです。この意味、おわかりになりますか?」


「え……と?」


 レイナスは私が思っているよりも紳士的な性格で、こうやって月を味方にしたいのは私の前だけで?

 これらが意図するレイナスの心情っていうのは――。

 戸惑いに口ごもった私に、レイナスは小さく噴き出して、


「いえ、そこまでで結構ですよ。今はまだ、急く時ではありませんしね。こうして二人の時間を持てただけで、充分です」


 レイナスはいつもの調子で微笑んで、再び隣に並び立つ。


「理由はどうであれ、他でもないティナ嬢からのおねだりです。戯曲の真似事は、今夜これきりにすると誓いましょう」


 さあ、会場へ向かいますか。

 そう言って再び歩を進めだしたレイナスに導かれ、私も足を動かす。

 その横顔は随分とご機嫌そうで、その表情に、私はぴんときた。


 わかった。さっきレイナスが訊ねていた、私の前だけで"月明りを味方に"したい理由。

 他国の人間で、さらにはボッチの私相手なら、試し演技にうってつけだからだ……!


 ああー! なるほどね!!?

 さっすがレイナス、よく考えてる……!


 そもそも元の小説やらシチュエーションをご存じな自国のご令嬢相手なら、そりゃあ的中率100パーセントですし。

 他国の、元ネタを知らない令嬢相手にどの程度通用するのかを検証するのなら、勘違いしないかつ他にホイホイ言いふらす心配のない相手を選ぶのは当然のことわり……っ!


(おわあー、つまりこれで私が"いい反応"を返していたら、今後エラがレイナスのこのイベントを発生させる可能性が高かったってこと……!?)


 どっち? レイナス的にはどっちだったんだこれ……!?

 いちおう、今夜これきりにするって言ってくれたし、エラのイベント発生は避けられたって解釈でいいのかな……!?


「ああ、そういえば」


 思い出したような声に、はっと思考を切って隣を見上げる。

 刹那、顔だけを私に向けたレイナスが、


「先ほど"花を持たない者同士"と言いましたが、訂正します。僕は今、誰よりも美しく可憐な花を伴っていますから」


「え? 花なんてどこに……?」


 途端、レイナスはどこか幸せそうに、砂糖菓子を溶かしたような甘い笑みをふわりと浮かべ、


「ここに。ティナ嬢という、とびっきりの"華"が」


 あー、うん、だからさ????

 今すぐゲーム開発者を呼んできてくれるかな!!!!!????

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