第81話好きに順位はありません!

 うん。どうしよう。どこから説明したらいいのだろう。

 ヴィセルフの言うアイツとは"精霊王ニークル"のことで、けれど私にとってはニークル=くーちゃんでもある。


(実は私には前世の記憶が……って、言ったところで、ややこしくなりそうだしなあ)


 それに、「実は彼、前に飼っていた犬の生まれ変わりで……」なーんて言ったところで、はいそうですかと信じられる話でもないだろうし……。


「諸々の背景を省きまして、嘘か真実かだけを申し上げるのでしたら、嘘ではないといいますか……」


「……アイツのことが、好きなのか」


「へ?」


 思わず間の抜けた声が出たのは、ヴィセルフの質問の意図が分からなかったからだ。

 精霊族は、今のこの王国にとっては非常に希少で、かといってその魔力の強さから決して無視のできない一族になっている。


 その王と親しい関係である人間が、自分の侍女にいる。

 今後も踏まえ、なんなら利用価値の有無を計るためにも"親しい間柄なのか"と聞かれたものだと思ったのだけれど……。


(好きかどうかって、何に関係するんだろう……)


 は!!

 もしやニークルがエラと会ってしまったら、エラの気持ちがニークルに向いちゃうんじゃないかって心配を……!?


 あー!! そうだよ……!

 だって私もニークルも、互いに"親しい関係"だって伝えたわけだし!

 私は近頃エラと会う機会も多いし、私に会いに来たニークルがエラと出会ってしまうのも時間の問題……っ!


(そうだよなあ。精霊王かつ攻略対象ってこともあって、ニークルの造形はかなりミステリアスな美形だし……)


 さらにはこう、どことなく漂う色気も人間離れしていますし。

 女性ならば惚れてしまうのではって、ヴィセルフが不安になるのも無理ないか。


「ご安心を、ヴィセルフ様……! 私も出来る限り、エラ様との接触は阻止する心づもりですし……!」


「んなことは、どうだっていい」


 顔を上げたヴィセルフの、不安気ながらも強い瞳が私を見据える。


「ティナがアイツを好いているのかどうか。俺が知りたいのは、それだけだ」


「……それ、は」


 こういう時、どうしてヴィセルフは"攻略対象"じゃないんだろうかと不思議に思う。

 向けられた双眸の強さも、込められた熱も。

 隠した不安に掠れた、響きだって。


(目が、逸らせない)


 それこそ魔力のように。

 ヴィセルフというただ一つの存在に縫い留めて、圧倒的な強制力が胸中を締め付ける。

 これを"魅了"と言わずして、なんと言えるのか。


「……好き、ですよ」


 絞り出した返答に、ヴィセルフが息を呑んだ。

 怒っているのか、耐えているのか。ぐっと眉根を寄せ、


「アイツは精霊族だ。寿命も違う、生活も違う。おまけにその王だと言うのなら、周囲の精霊族からの風当たりだって――」


「わかっています。それでも、私は彼という存在を知ってしまったんです。種族が違うからと、全てをなかったことには……。彼と二度と会えない一生なんて、考えられません」


「! なんでだ……っ、アイツの、どこをそこまで……! 俺だって、お前の近くにいただろうが! ひょっとしたら、アイツなんかよりもずっと……っ!」


 吠えるような問いかけに、私は「ヴィセルフ様のおっしゃる通りです」と瞳を伏せ、


「彼と……"ニークル"と過ごした時間はまだほんの僅かです。ですがそれでも、私は彼をヴィセルフ様や、他の皆様と同じように大切に思いますし、会えた時には互いの健在を笑い合えたらいいなと願って……」


「……ちょっと、待て」


 低い声の、制止。

 私が「はい?」と首を傾げると、ヴィセルフは先ほどまでの勢いはどこへやら。

 額に手をあてながら慎重な面持ちで口を開き、


「今、"俺や他のやつらと同じように"って、言ったか?」


「はい、言いました」


「……アイツの事が"好き"だってのは、他の誰よりも一番にって意味じゃないのか?」


「いいえ? ニークルもヴィセルフ様も、エラ様も。ダン様やレイナス様もですし、同室のクレアや使用人の皆さん、あ、もちろん両親だって。みーんな大好きですし、順位なんてありませんよ?」


 とても恵まれた環境で働かせて頂いています! と笑むと、ヴィセルフは「はあ~~~~~~」と盛大なため息。

 項垂れるようにして「いや……そうだよな……そういうヤツだって分かってたはずだろ……」などとぼそぼそ呟いている。


「あのー、ヴィセルフ様? なにか失礼をしてしまったでしょうか……?」


「いや、こっちの話だ。に、してもだな……」


 ヴィセルフは気を取り直すようにして、コホンと一つ咳払いをしてから、


「つまり、現時点で俺とアイツは同列の場所にいるんだよな?」


「へ? は、はい。ヴィセルフ様もニークルも、同じだけ大切なお方だと思っております……!」


「……なるほど、な」


 途端、考え込むようにして腕を組むヴィセルフ。

 その間、何かを言いたげな瞳は私をじっと捉えていて、非常に落ち着かない。


(え、なに!? やっぱり不敬だとかで処罰とか!?)


 ここは今からでも頭を下げて謝るべきだったり……!?


「……いや、ともかく俺の方を変えてみたほうが早いか」


「はい?」


「なんでもねえ。ほら、もう用は済んだんだろ。使用人棟まで送ってやるから、戻るぞ。明日の朝も俺サマを起こしに来るんだろ」


「あ、はい! お手数おかけいたします……!」


 慌ててシナモンロールの包みを回収した私は、小走りでヴィセルフの後を追う。

 どうやらもう、怒ってはいないらしい。

 それなら良かったと胸を撫で下ろして、こっそりと背後を振り返る。


 広がるのは夜の黒。

 来た時よりもどこか穏やかに見える星空に、私は再び前を向いて揺れる金の髪に並んだ。

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