第82話待ちに待った開店でございます!

「"mauve rose"の開店、おめでとうございます。ティナ」


 ふわりと差し出された華やかな花束を、「ありがとうございます、エラ様」と感激しながら受け取る。

 とうとう迎えた『mauve rose』の開店日。

 店の外も中もたっぷりの花々で飾られていて、店の前ではリボンのついた花が待ちゆく人々に配られている。


 それだけでも店前は随分と賑わっているのだけれど、準備時から出入りをして"王室御用達"を印象付けるというヴィセルフの作戦が功を奏したのか。

 開店前から賑わう長打の列は、減っては伸びてを繰り返している。


「エラ様も毎日のようにお手伝い頂いてしまって、ありがとうございました。体調は大丈夫ですか?」


 なんとか完成させた"花のインク"は、エラの作るドライフラワーが決め手になることもあり、やっぱり大量生産が難しく。

 ダンやヴィセルフとの話し合いの結果、オープンからの数日間に限定して、購入者の包みにスタンプを押すことになった。


 それでもエラは少しでも多くのドライフラワーをと、毎日のように王城に通い詰めてくれて。

 結果、無理がたたったようで、昨日の作業中に倒れてしまったのだ。


 魔力の使用には精神エネルギーが必要。

 そりゃ、あれだけ毎日大量にドライフラワー化していれば、疲労だって溜まるってものだ。私もうかつだった。

 私の申し訳なさを汲み取ってくれたのか、眼前のエラは安心させるような微笑みをにっこりと浮かべ、


「ええ。ティナに頂いたハーブティーを飲んで、ぐっすりと眠りましたらもうすっかり。ご心配をおかけして、申し訳ございません」


「そんなそんな! エラ様が回復されて、安心しました。ご無理をさせてしまって、謝るのは私のほうです」


「まあ、ティナに落ち度など何一つありません。それに、今回の件はわたくし自身の魔力値を知る良い機会になりました。今後の更なる成長に繋がりますし、感謝の気持ちすら抱いているのです」


「エラ様……!」


 ああ、なんて優しいのエラ……っ!!

 さすがはメインヒロイン!! さすがは白の魔力に愛された女性……っ!!!


 感動に打ち震えてる私に綺麗な笑みを向けたエラは、「それにしても」と並ぶ列へと視線を流し、


「わたくしもいくつか購入を、と考えていたのですが……。本日は遠慮しておくべきですね」


 途端、背後から「本当に、大盛況ですね」と男性の声がした。

 振り返るとそこには、レイナスが。

 列に並ぶ女性の秘めやかな悲鳴に笑みを向けてから、「御機嫌よう、ティナ嬢。これは僕からの開店祝いです」と花束を持たせてくれる。

 礼を告げた私に目元を緩め、


「本日はいつにも増して、花のような愛らしさですね。つい、笑みが零れてしまいます」


「あ、ありがとうございます……! ヴィセルフ様とダン様にご支援いただき、エラ様にもご協力頂いたドレスでして。それはもうデザインから細やかな刺繍まで、御覧の通り素敵に素敵を重ねた仕上がりで……!」


「おや、三人でこっそりそんな楽しみを共有されていたとは」


「……本来は、わたくし一人の予定だったのですが」


「それはそれは、お可哀想に」


 レイナスは軽い調子で肩を竦めると、


「ですが本当に、この様子ですと今から並んでも間に合うかどうか……といったところですかね」


「あの、お二人とも。お目当ての商品があるのでしたら、料理長に相談してきましょうか?」


 するとエラは「いいえ」と首を振って、


「また後日、改めて伺います。欲しいと願うものはやはり自分の手で、手に入れたいと思いますので」


「僕も同じく、です。今日は記念すべき光景をティナ嬢の隣で見れたというだけで、充分に意義がありますから」


 わあ、すごい。アニメのごとく二人の微笑みがキラキラと眩しい。

 どうやらそう感じているのは私だけではないようで、後方のあちこちから黄色い声が聞こえる。

 うん。恐るべし乙女ゲーの主力キャラ。


(ん? そういえばこの黄色い声イベントって、レイナスとエラが揃っている時だけ発動しているような?)


 あれ!? ほんとだ……!!

 ヴィセルフとエラが"理想の婚約者"って賞賛されているのは知っているけど、こういう分かりやすい反応はないし……!


(もしかしてこれって、レイナスの特殊イベントだったり?)


 そういえば公式のキャラ設定でも、"誰もが認める整った容姿"ってなってたような……?

 うーん、その点ではヴィセルフだって、綺麗な顔立ちをしていると思うんだけれど……。


「王子なのも一緒なのに……。やっぱり残念なくらい愛想が悪いからかなあ……」


「ほお、それは誰の話だ?」


「誰って、聞くまでもなくヴィセルフ様しか……って、ヴィセルフ様!?」


 い、いいいいいいつお戻りに!? と振り返った私に、「今さっきだ」とヴィセルフが腕を組む。

 隣に控えたダンはエラとレイナスに「わざわざご足労いただき、感謝します」と頭を下げてから、私に向いて「その花、預かるな」とさり気なく持ってくれた。


「つーか、なんでお前等までここにいるんだ」


「それはもちろん、記念すべき開店の日をティナと祝うために」


「朝から連れだされてしまって、ティナ嬢に会うことも出来ませんでしたからねえ。こちらに来れば確実ですから」


「ちっ、ティナも中に連れていくんだった」


「心が狭いですよ、ヴィセルフ。今に始まったことではありませんが」


「それに、こんな大勢の眼前で着飾った令嬢が厨房を出入りしたとあっては、店の評判に関わります」


 言葉を連ねるレイナスとエラに、ヴィセルフがむすりと唇を曲げる。

 そうなのだ。

「明日は開店祝いに相応しい恰好をしておけよ」というヴィセルフの指示に気合いを入れ、今日は朝からクレアに手伝ってもらいながら精一杯着飾った。


 そのおかげでヴィセルフの合格はもらえたものの、いざお店の厨房に入ると料理長に「あのな。"ご令嬢"ってのはな、厨房に入るもんじゃねえんだよ」と追い出されてしまったのだ。

 いわく、ご令嬢を厨房に出入りさせる"礼儀知らずの店"と噂されては、こっちが困ると。


 ダンが一緒にいようかと提案してくれたけれど、本来の目的は厨房を含む店内の視察だ。

 仕事の邪魔になっては本末転倒だし、ひとりでいることは慣れているし。

 私は店外の様子を確認しておくという配分で、二人には予定通り店内のチェックをお願いした。


 その後、開店少し前にエラが来てくれたので、私はこうして楽しく過ごしていたのだけれども。

 本音を言えば、店内の様子もすっごく気になる。

 どんな人が何を買って行ったのかとか、厨房が間に合っているのかとか。


(あまり意識してこなかったけれど、"ご令嬢"って制限が多いなあ)


 次に連れてきてもらえる時は、使用人ってわかる恰好で来させてもらおうかな。

 料理長の手ごたえも聞きたいし、夜に捕まえられるといいんだけれど。

 んー、でも明日も早いだろうから、厨房には顔を出してくれないかもなあ……。


「ったく、んなしょげた顔をするんじゃねえ」


 ん? と。上げた眼前に、ずいと白い紙束が差し出される。


「ヴィセルフ様? これは……?」


「客の性別とおおまかな年齢、何をどれだけ購入していったかをざっくりメモさせておいた。気になるんじゃねえかと思ってな」


「え……?」

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