第80話またねのさよなら

「あ、あったの?」


「ああ。……希少な花だからな。売りに出される直前だった。あと一日遅ければ見失い、開花を見届けられなかったかもしれない」


「それ、で。う、生まれたの……?」


 声が震えてしまったのは、"次の王が生まれる"という意味を知っているからだ。

 精霊族において、王の存在は絶対。

 次代の王が生まれるというのは、子を成さなかった現王の死期が近いということだ。

 なんとか視線を合わせた私に、ニークルは薄く口角を上げ、ゆるりと頭を振った。


「いいや。空だった」


「そっか。よ、よかった……」


「そう、思ってくれるのか」


「当然でしょ! だって、せっかく会えたのに……。それにまた、お別れになっちゃうのかもって……!」


 刹那、頭上にふわりと重みを感じた。くーちゃんの手だ。

 知らずのうちに下がっていた視線を向けると、くーちゃんはその手をゆっくりと往復させながら、


「こうしてアンタを撫でてやれることも、この姿のいいところだな」


「……ええとね、ニークル。人間同士……ニークルは精霊族だけど。でもこうして人型の場合、頭を撫でるのはあまりしないというか……」


 うん。私が前世で思う存分撫でくりまわしていたから、それを真似ているんだろうけども……!


「親子とか、家族とか、恋人とか。あ、親友同士もあるのかな? ともかくこう、特別な関係じゃないとしないというか」


「なら、問題ないだろう」


 ニークルは少しだけ呆れたような顔をして、


「アンタと俺は、他の何よりも"特別な"繋がりがあるのだから」


「……そう、だね。うん。そうだ」


 前世で家族でした、なんて。特別以外の何物でもない。

 納得の心地でされるがままになっていたその時、「ティナ!」と突き刺さる声がした。

 え、と。顔を跳ね向けた先。


「ヴィ、ヴィセルフ様……っ!?」


(え? なんでこんな時間にヴィセルフが庭園に????)


 思わず混乱に固まる。

 と、肩を上下していたヴィセルフが、きっと目尻を吊り上げつかつかと大股で近づいてきた。

 無言で伸びてきた右手が、ニークルの手首を掴み上げる。


「テメエ、誰だ。……王城の者じゃねえだろ」


「……昨今の王族は、挨拶の仕方もしらないのか。先が思いやられるな」


「なに!?」


「ヴィ、ヴィセルフ様……! こちらは……!」


「ティナ」


 私の名を呼んで制止したのは、ニークルだ。

 するりと立ち上がると、ヴィセルフの手からも抜けだし、


「我が名は精霊王、ニークル。夜と自然を統べる者」


「精霊、王……!?」


「……こんな礼儀知らずの下で働くより、やはり俺と来たほうがいいんじゃないか」


 私を見ながら訊ねるニークルに、苦笑を返す。

 途端、私達の視線に割り入るようにしてヴィセルフの背が現れたかと思うと、


「精霊王が相手だろうと、ティナを連れて行こうってなら容赦はしねえぞ」


 ヴィセルフの右手に、魔力の光。


「ほう、やるか?」


 挑発的に口角を上げるニークルに、私は慌てて「なりません!」と二人の間に割り入った。


「ヴィセルフ様、誤解です。私は話をしていただけで、ニークルと共には行きません。それに、むやみに精霊王に危害を加えてはなりません! 精霊族との対立は、自然を敵にするも同然です」


「それは……わかっちゃいるが」


「ニークルも、変に挑発するのやめてよね。今は立場ってものがあるんだから」


「……すまない」


 しょんぼりと眉を落としたニークルは、風のような足取りで私に近づき、


「ひとまず今夜は、これで終いとしよう。……また会いにくる」


 柔らかく持ち上げられた私の右手の内側に、ニークルの唇が触れる。

「なあ!?」と声を上げたのはヴィセルフで、即座にニークルから私の腕を奪い取った。


「テメッ、なにを……っ!」


「この程度、喚くことではないだろう。ましてや俺たちの間柄なら、な」


 瞳を細めて私に同意を求めるニークルに、ヴィセルフは「なっ!?」と声を上げ、


「ど、どんな間柄だってんだ……!」


「そうだな」


 く、と。余裕たっぷりにニークルが薄く笑う。


「その身体を抱きしめ、頭を撫で……互いに心の支えとなる、特別な間柄だ」


「……っ!!」


 いや、まあ間違ってはいないけれどね!!?

 でも抱きしめたり撫でたりって、私がしてたのはくーちゃんがワンちゃんだった時の話だけど……!!!!


「……穏やかな夜を」


「あ、ちょっ……!」


 生垣の間。夜に溶け込むようにして、ニークルが姿を消した。

 残された静寂に、私は伸ばした右腕をそっと下す。


 また、会いに来ると言っていた。

 それがいつなのかも、どこでなのかも分からないけれど。


(大丈夫。だってくーちゃんは、この世界で私を見つけてくれたんだし)


 姿も違う。それどころか、いるのかどうかもわからない私をずっと探し続けてくれて、会いに来てくれた。

 だから、寂しくなんてない。これは永遠の"さよなら"じゃないんだから。


(またね、くーちゃん)


 心の中で呟いた、その時。


「……ティナ」


 硬い声に「はい?」と振り返る。

 どこか俯きがちなヴィセルフの顔は、前髪のおとす夜の影に隠れてしまっていて、よくわからない。


「……アイツが言っていたのは、本当か」


「……と、いいますのは」


「アイツと、抱き合ったり、頭を撫でたり……支え合うような、親しい関係なのか」


「あーと、ですね……」

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