第78話あなたが精霊王だなんて聞いてません!

 精霊王、ニークル。

 攻略対象のひとりである彼は、口数少なく人嫌いな、美しい精霊王だ。

 その魔力は強大で、風や天候など、自然界に関わるあらゆる事象を操ることが出来る。


 基本的に夜にしか姿を見せない彼は、ガーデニングスキルを上げると遭遇イベントが発生する。

 というのも、次代の精霊王は月下美人の花から生まれるからだ。


 学園の中庭の花々を世話していたエラは、ある夜、間もなく咲きそうな花があったからと出てきた矢先、ニークルと出くわす。

 希少な精霊族、それも、その王との出会いに戸惑いながらも、エラはニークルと二人で月下美人の開花を見届けるのだ。


 けれども花の中は空っぽ。

 不思議と安堵を覚えたエラとは反対に、ニークルは心底悲しそうにして、


「まだ、死ねないのか。……代り映えのない日々は、もう飽きた」


 気落ちするニークルに、エラは「ですが」と優しく微笑んで、


「今夜は、いつもとは異なる夜ではありませんか? わたくしという人間とお会いするのは、初めてでしょう?」


「……確かに、そうだ」


 はい!

 フラグ立ちましたーーーーーーっ!!!!!!


 ってな感じで、それから夜にこっそりと静かな逢瀬を重ねていく二人。

 けれどもやはりといいますか、エラが夜に部屋を抜け出していることを、ヴィセルフに知られてしまうのだ。


「次期国王の婚約者たる立場にありながら、不貞を働いているんじゃねえだろうな」


 はあーーーーーっ!?

 自分はエラをこれっぽっちも"婚約者"扱いしてないくせに、どの口が!!!!!


 けれども誠実なエラは私のように怒るでもなく、ニークルを巻き込めないと、唯一の癒しだった夜の散歩を止めてしまうのだ。

 すると翌日から、なぜか夜になると雨が降る日々。


 この雨の中なら、誰にも気づかれずに出れるのでは。

 ううん、やっぱり、駄目。

 少しでも疑わしいことをしては、ニークルにも迷惑が……。


 胸を締め付ける葛藤に、エラはニークルへの特別な想いを自覚する。

 けれども自分はヴィセルフの婚約者。ニークルだって、自分と会ってくれていたのは、暇つぶしに丁度良かったから。

 エラは自分の気持ちを押し込め、開いた窓からしとしと雨を零す夜空を見上げ、


「ニークル……。わたくしは……」


 白い頬に、涙が伝ったその時。

 エラの眼前に現れたのは、なんと恋しきニークル……!


「俺を選べ、エラ。照らす月がなくては、夜は歩けない」


「……はいっ」


 はい!!

 ここの歓喜と困惑と、けれども絶対の覚悟を持ったエラの笑みがまた最高でね!!!


 そうしてニークルの手を取ったシーンで、暗転。

 翌日、エラの部屋はもぬけの殻に。国を挙げて捜索するも、エラの所在はまったくわからず。

 それもそのはず。なぜならエラはニークルと共に、精霊族の結界に守られた森の奥で、幸せな日々を送っているのだから。


 そういうわけで、たしかニークルルートは、婚約破棄イベントの発生しない連れ去りエンドなのだ。


(それはそれでグッとくる結末だったけれど……!)


「くーちゃんっ! お願いだから、絶対にエラを連れ去ったりしないでね!?」


 詰め寄る私に、彼は「エラ……?」と怪訝そうに眉根を寄せて、


「誰だ、それは」


「……へ?」


 あ、そうか。

 まだ学園に入学していないし、この間の路地でもくーちゃんはエラと会っていない。

 まだ二人の接点はないんだ。


「ええと、エラはこのゲームのヒロインで、場合によってはニークルと恋に落ちる未来もあってね」


「そんなことより」


 すっと両手を上げたニークルが、私の両頬を包み込む。

 存在を確かめるようにまじまじと見つめ、


「……意識が途切れる最後の最後に、もう一度、アンタに会いたいと願ったんだ。気付いたら、聞き覚えのあるこの姿に生まれていた。もしやと思ったが、一向にアンタには会えないままだった。……夢じゃ、ないんだな」


「くーちゃん……」


 フラッシュバックする、前世での最期。

 間に合わなかった。待っていてくれたのに。会いたいと、願ってくれていたのに。

 後悔と贖罪が一気に胸に押し寄せてきて、私は添えられた掌に自分の手を重ねた。


「ごめんね、ごめんねくーちゃん……! 私、一番大事な時に、ちゃんと側にいてあげられなかった……! いっぱい、いっぱい支えてもらってたのに……っ」


「いい。アンタはアンタで苦しんでたって、知ってる。アンタに拾われて、幸運だったのは俺も同じだ。……それに、こうしてまた会えた」


 頬から離れた温もりが、私の手をそっと握りこめる。

 それからふっと頬を緩めて、エスコートするように優しく私の手を引いた。


「それじゃ、行こう」


「へ? い、行くって、どこに?」


「精霊の加護を受けた森。俺の、国だ」


「え!? ちょっ、ちょっとくーちゃん!?」


 慌てる私に何を思ったのか、彼は少し考える素振りをしてから、


「持って行きたいモノがあるのか?」


「えと、そうじゃなくて、遊びに行くにしたってこんな急には……! 仕事もあるし!」


「だから、このまま俺の国に来ればいい。遊びにじゃなく、ずっと。人間の生活とは違う部分もあるだろうが、俺がいる限り、苦労はさせない。仕事だって、する必要はない」


「え……」


「前世の時から、仕事なんてしたくないって。俺と一緒に寝ていたいと言っていただろう? あの時は叶えてやれなかったが、今なら、できる」


 一緒に行こう。また、共に暮らそう。

 そう穏やかに微笑んで告げるくーちゃんからは、純粋な喜びが伝わってくる。


(ど、どうしよう……)

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